直木賞を受賞した『等伯』などの作品で知られる作家の安部龍太郎氏が、歴史上の出来事や人物を新たな視点でとらえ直し、解説します。現代を生きる私たちが、歴史から学べることは何か。安部氏からのメッセージをお楽しみに。
シリーズ
故きを温ねて

全25回
-
『ふりさけ見れば』 を見れば
今こそ日本人は二千年以上におよぶ中国やユーラシア大陸との関係を如実に知見し、事の本質をとらえ直さなければならない。私が現在、日本経済新聞朝刊の連載小説で、阿倍仲麻呂や吉備真備を主人公とした『ふりさけ見れば』に挑戦している…
-
阿倍比羅夫と白村江の戦い
阿倍仲麻呂が生まれた家は、孝元天皇の皇子大彦命を始祖とすると伝えられ、一門の中には大臣に任じられた者も多い。祖父比羅夫は白村江の戦いに水軍の大将として出陣し、伯父(父の兄)宿奈麻呂は平城京造営の責任者を務めている。仲麻呂…
-
粟田真人と日唐国交回復
戦争の悲惨さは戦っている最中に犠牲者を出すことばかりではない。戦争が終わった後にも多くの対立や傷跡を残す。昭和20年の敗戦から76年がたった今も韓国とのあいだで徴用工や従軍慰安婦の問題を解決できていないし、北朝鮮とは国交…
-
阿倍宿奈麻呂と平城京
西暦704年、粟田真人(あわたのまひと)は日唐国交回復をなしとげて帰国した。663年の白村江の戦い以来断絶していた両国関係を正常化したのだから、現代にたとえるなら田中角栄首相が1972年に日中共同声明の調印に成功し、国交…
-
空前絶後の女帝 則天武后
則天武后(武則天)と言えば、洛陽の南郊にある龍門石窟の盧舎那仏(るしゃなぶつ)を思い出される方が多いのではないだろうか。石壁に彫られた巨大な像は、武后が自分の顔に似せて作らせた(諸説あり)というが、顔立ちは知的でエキゾチ…
-
玄宗皇帝 老いらくの恋
玄宗皇帝といえば、どなたも楊貴妃との悲恋を思い出されることだろう。息子の李瑁(りぼう)の妻となった楊玉環に魅せられた玄宗は、2人を離婚させたのちに玉環を貴妃として後宮に迎えた。
-
傾国の美女 楊貴妃
清平調詞の話を続けさせていただきたい。玄宗皇帝は興慶宮の沈香亭で、楊貴妃とともに牡丹を愛でる宴を催した。歌の名手を呼び、清平調というメロディの歌を唄うように申し付けた。歌手がまさに唄おうとした時、玄宗はさらに興趣(きょう…
-
異形の叛乱 安禄山 ~前編
異形の男が生まれた。彼の母親は子宝に恵まれず、軋犖山にいます神に日ごと夜ごとに懐妊を祈った。すると霊験あらたかに身籠り、十月十日を経て正月一日に出産に至った。今しも出産するという夜、あたり一面に赤光がきらめき、群れ集まっ…
-
異形の叛乱 安禄山 ~後編
もう40年も前のことだが、トリックスターという言葉が文化人類学などの分野で話題になった。神話や物語の中に登場する善と悪、破壊と創造、賢者と愚者の二面性を持った人物で、いたずら好きの道化者として描かれることが多い。
-
「敵を作ることを恐れぬ政治家」真備を育んだ岡山・倉敷を行く
今回からしばらく、倉敷市への旅にお付き合いいただきたい。というのは先日、吉備真備のふるさとである倉敷市真備町を訪ね、心温まるおもてなしを受けたからだ。
-
真備の故郷で受けた感銘。郷土への思いが災害復興の原動力に
マービーふれあいセンターには、広々とした見事なホールがある。電動式で椅子を移動し、体育館としても使えるようにしてある。舞台には西陣織とおぼしき大きな緞帳があり、デザイン化された遣唐使船が描かれている。吉備真備に対する地元…
-
「日本国朝臣」を名乗った真備。その墓「吉備公廟」を訪ねる
圀勝寺がある矢掛町は、真備町から小田川ぞいに西に10キロほど行った所にある。今は小田郡だが、かつては下道郡(しもつみちのこおり)に属していた。下道国造(こくぞう)家の勢力範囲だったと思われる。
-
玄宗皇帝を感心させた真備ら遣唐使の礼節
吉備公廟の北側にはまきび公園が広がっている。山水を巡らし中国風の建物を配した庭園で、昭和61年(1986)に中国西安市に吉備真備の記念碑が建立されたのを記念して開園したものだ。
-
豪族・阿倍氏の本拠地奈良と、仲麻呂が詠んだ望郷の歌
吉備真備のふるさとを訪ね、こんなにたくさん知らないことがあったかと衝撃を受けた。中でも箭田(やた)大塚古墳は圧倒的で、飛鳥の石舞台古墳に匹敵する。これを造ったのが真備の先祖だと分かったことで、彼がどんな背景を持って中央政…
-
先端技術、交易、軍事、外交の力で全国に広がった阿倍氏の勢力
安倍寺跡の規模は東西約180メートル、南北約220メートル。サッカーコートの5倍ほどの広さである。東に金堂、西に塔、北に講堂があり、まわりを廻廊で囲まれていた。創建の時期は7世紀中頃で、屋根に使われていた瓦の形状から、近…
-
ユーラシアの歴史を知らなければ、日本史の本質は語れない
安倍文殊院の正門は西側で、丹塗(にぬ)りの表山門と下馬を求める石柱がある。参道を東へ進むと文殊池があり、金閣浮御堂(うきみどう)が建っている。左に折れて直進した所が文殊院西古墳だ。円墳とおぼしき盛土の南側に、大きな石で組…
-
奈良と若狭を結ぶ歴史のロマン、お水取り・お水送りの由来とは
安倍文殊院がある安倍山丘陵は古墳の宝庫である。前回紹介させていただいた西古墳のほかにも、東古墳、谷首古墳、コロコロ山古墳、中山古墳群、フジヤマ古墳群、艸墓(くさはか)古墳、風呂坊古墳群、稲荷東古墳群、稲荷西古墳群などが密…
-
名宰相といわれた張九齢と貴族派を率いた李林甫の対立
政治の世界には一寸先は闇という言葉がある。昨日まで仲間や同志、支持者だと思ってきた者が、今日には敵方に寝返ることは珍しくない。それは政治に限らず、あらゆる組織について言えることだろう。私は長年日本の戦国時代を舞台にした小…
-
自らの権力維持のため武恵妃と結託、策謀を巡らせた李林甫
科挙の試験に合格した官僚たちをひきいる張九齢、門閥派のリーダーである李林甫。2人の対立は開元23年(735)の冬になって新しい局面を迎えた。林甫は玄宗皇帝への影響力や政治における指導力では九齢にかなわないと見て、新しい方…
-
張九齢のみならず3皇子も陥れた李林甫、優れた政治家の一面も
中国語で友人のことを朋友という。この言葉は日本にも伝わって「あいつは俺のポン友だ」といった使い方をされるが、中国でこの言葉の持つ意味はもう少し重いようである。
-
後宮への影響力と軍事指揮権で実力者にのし上がった宦官、高力士
玄宗皇帝は武恵妃や李林甫の策謀にのせられ、東宮だった李瑛(りえい)と李瑤(りよう)、李琚(りきょ)を殺してしまった。恵妃が生んだ李瑁(りぼう)を東宮にし、やがては帝位を継がせるためだが、その直後に恵妃が死んだために、李林…
-
楊貴妃の一族として栄華を極めるも、安史の乱で滅びた楊国忠
楊国忠の本名は釗(しょう)。『長恨歌』の掉尾(とうび)を飾る(?)奸臣(かんしん)として知られている。若い頃は酒と博打(ばくち)にうつつを抜かす不良だったが、30歳の頃に蜀(四川省のあたり)の地方軍に入って頭角を現した。…
-
家康の旗~朝鮮出兵で疲弊した経済を再建、平和な時代を開く
今回から徳川家康と彼が生きた戦国時代について語らせていただきたい。彼の一代記を書こうと決意し、私は2015年から今年まで4回にわたって『家康』(幻冬舎文庫)を地方新聞に連載してきた。
-
信長と鉄砲~天下統一の背景に南蛮貿易と鉄砲伝来、父信秀の財力
戦国時代、世界の大航海時代にもっとも早く直面した大名は、薩摩の島津貴久(義久の父)だった。1543年には勢力下にある種子島に鉄砲が伝来し、いち早く鉄砲の生産が始まった。1549年にはフランシスコ・ザビエルが薩摩人のヤジロ…
-
家康とお市の恋 ~史料で読み解く信長の思惑と2人の関係
スペイン、ポルトガルが主導した世界の大航海時代は、レコンキスタ(再征服)がきっかけだった。騎士団を結成してイベリア半島からイスラム勢力を追い出すことに成功した両国は、世界をキリスト教化しようという情熱と、レコンキスタのた…
-
本能寺の変~信長が直面していた2つの政治課題とは何か
本能寺の変といえば明智光秀と我々は教え込まれてきた。中でも「敵は本能寺にあり」という光秀のセリフは、映画や小説の名場面として人口に膾炙(かいしゃ)している。ところが光秀がなぜ変を起こしたのかについては、信長に苛(いじ)め…
-
秀吉の中国大返し~光秀の謀叛の情報をいつ知ったのか?
天正10年(1582)6月2日、本能寺の変が起こった時、羽柴秀吉は備中高松城を攻めていた。清水宗治がこもる城を水攻めにしている時、毛利輝元が救援に出てきたために、秀吉は安土城に急使を送って織田信長の出陣を求めた。信長はこ…
-
ヴァリニャーノと明国出兵 ~激動する世界情勢と秀吉の思惑
イエズス会の東インド巡察師として来日したアレッサンドロ・ヴァリニャーノは、1539年にナポリ王国の名門貴族の家に生まれた。父は枢機卿大司教という高い地位にいて、ローマ教皇パウロ4世とも親しかった。そこでヴァリニャーノも聖…
-
黒田官兵衛の賭け~関ヶ原の戦い、知られざる第3極の計略
黒田官兵衛(如水)は、羽柴秀吉を天下人にした名軍師として知られている。しかし秀吉は天下統一をはたした後、官兵衛には豊前中津を中心とした12万石しか与えなかった。これについて日本の史書は「秀吉は有能すぎる官兵衛を恐れて、大…
-
千姫とキリシタン~大坂の陣、幕府と豊臣家の敵対とイエズス会
大坂夏の陣で豊臣家は滅び、江戸幕府の治政は安定期に入った。摂、河、泉3州を支配し、秀吉の遺産や大坂での交易などによって莫大な経済力を持っていた豊臣家を滅ぼしたことで、幕府は後顧のうれいなく幕藩体制の構築に邁進することがで…
WATCHすると、トップページやマイページで新たな記事の配信が確認できるほか、スマートフォン向けアプリでも記事更新の通知を受け取ることができます。
おすすめのシリーズ
-
小田嶋隆の「ア・ピース・オブ・警句」 ~世間に転がる意味不明
「ピース・オブ・ケイク(a piece of cake)」は、英語のイディオムで、「ケーキの一片」、転じて「たや…
-
徹底予測2021年 底打ちか奈落か
日本経済の節目の年として幕を開けた2020年は、誰もが予想できない最悪の1年となった。すべての始まりはコロナ禍だ…
-
クルマ大転換 CASE時代の新秩序
総付加価値額が450兆円ともされる自動車産業の構造が変わり始めた。GAFAやEVスタートアップ、ソニーなどが新た…
-
不屈の路程
話題の経営者や気鋭の起業家はいかにして自らの経営を確立するに至ったのか。そこにたどり着くまでの道のりは決して順風…
-
菅野泰夫のズームイン・ズームアウト欧州経済
ロシアを足掛かりに、欧州経済・金融市場の調査を担当して、既に十数年の月日がたちました。英国の欧州連合(EU)離脱…
-
1000年企業の肖像
日本は創業100年以上の企業が多くあり、世界一の長寿企業大国として知られる。その中には創業1000年を超えると伝…
-
10 Questions
いま、世の中で起こっていること。誰もが知りたいと思っていること。でも、ちゃんと理解できていないこと。漠然と知って…
-
河合薫の新・社会の輪 上司と部下の力学
上司と部下が、職場でいい人間関係を築けるかどうか。それは、日常のコミュニケーションにかかっている。このコラムでは…
-
ファクトフルネス思考
「データを基に世界を正しく見る習慣」を紹介した書籍『ファクトフルネス』は、日本で90万部を超えるベストセラーとな…
-
大西孝弘の「遠くて近き日本と欧州」
日本の読者にとって欧州のニュースは遠い国々の出来事に映るかもしれない。しかし、少子高齢化や低成長に悩み、企業の新…
-
グルメサイトという幻
食べログ、ぐるなび、ホットペッパーグルメ──。外食店探しに欠かせない存在となったグルメサイトの地位が揺らいでいる…
-
フェルディナント・ヤマグチの走りながら考える
この度、故有りましてこの日経ビジネスオンライン上で、クルマについて皆様と一緒に考えていくナビゲーター役を仰せつか…
-
ファストリ、異次元の経営
コロナ禍の混乱からいち早く抜け出したファーストリテイリング。破綻が相次ぐアパレル業界にあって、なぜユニクロだけが…
-
テスラが仕掛ける電池戦争
日本でも2030年代半ばに新車販売でガソリン車をゼロにする方針が打ち出されるなど、各国の環境規制強化により普及段…
-
70歳定年 あなたを待ち受ける天国と地獄
従業員の希望に応じて70歳まで働く場を確保することを企業の努力義務として定めた、改正高齢者雇用安定法が2021年…
全8回