テレビ特需の反動減による大幅な減収は、商売の原点を見直すきっかけとなった。社員にも緊張感が生まれ、業績はV字回復。社長の続投が決まった。それでも頭の中には、世代交代を強く意識するきっかけとなった出来事が浮かんでいた。

<span class="fontBold">髙田 明 [たかた・あきら]氏</span><br />1948年長崎県平戸市生まれ。大学卒業後、機械メーカーを経て、父のカメラ店に入社。86年に分離・独立し、たかたを設立。99年にジャパネットたかたに社名変更。自ら通信販売で商品を紹介し、通販大手に成長させた。2015年に社長を退任し、経営を離れる。個人会社のA and Live(エー・アンド・ライブ)を設立した。(写真=菅 敏一)
髙田 明 [たかた・あきら]氏
1948年長崎県平戸市生まれ。大学卒業後、機械メーカーを経て、父のカメラ店に入社。86年に分離・独立し、たかたを設立。99年にジャパネットたかたに社名変更。自ら通信販売で商品を紹介し、通販大手に成長させた。2015年に社長を退任し、経営を離れる。個人会社のA and Live(エー・アンド・ライブ)を設立した。(写真=菅 敏一)

 父のカメラ店で働いていたころからずっと、商品を通してお客様に幸せを提供し、その結果として代金を頂くものだと考えてきたつもりでした。しかし、テレビが爆発的に売れ、どこかで「売れるから売る」という気持ちになっていたのかもしれません。その意味で、2011~12年の売上高の激減は原点を見直すきっかけになりました。

 私が「できなければ辞める」と宣言したことを社員は驚いていましたが、次第に、いい意味の緊張感が社内に出てきました。どうすれば業績を回復させられるかを社員一人ひとりが考え続けたからでしょう。エアコンや冷蔵庫、洗濯機など、それまでジャパネットがあまり扱ってこなかった商品にも積極的に手を広げました。

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この記事はシリーズ「ジャパネット創業者・髙田明氏の「不屈の路程」」に収容されています。WATCHすると、トップページやマイページで新たな記事の配信が確認できるほか、スマートフォン向けアプリでも記事更新の通知を受け取ることができます。