4年連続の赤字という苦境に追い込まれていたソニーはいかによみがえったのか。崖っぷちに立たされた同社の社長に就いたのが、自ら「辺境」を歩んできたと語る平井一夫氏だ。平井氏の初の著書『ソニー再生』を再構成し、同社の復活の道のりを振り返る。

<span class="fontBold">平井一夫[Kazuo Hirai]</span><br>ソニーグループ シニアアドバイザー。1960年東京生まれ。84年国際基督教大学(ICU)卒、CBS・ソニー入社。2006年ソニー・コンピュータエンタテインメント(SCEI)社長。09年ソニーEVP、11年副社長、12年社長兼CEO、18年会長。19年から現職。(写真=的野 弘路)
平井一夫[Kazuo Hirai]
ソニーグループ シニアアドバイザー。1960年東京生まれ。84年国際基督教大学(ICU)卒、CBS・ソニー入社。2006年ソニー・コンピュータエンタテインメント(SCEI)社長。09年ソニーEVP、11年副社長、12年社長兼CEO、18年会長。19年から現職。(写真=的野 弘路)

 ふとした瞬間に、人生の1ページが頭の中にフラッシュバックする。そんな経験をお持ちの方は多いのではないだろうか。あの時の私がまさにそうだった。

 それは、2018年4月のある日のことだ。その日は、財務部門の幹部陣によるミーティングが開かれていた。議題は終わったばかりの17年度決算の報告だった。

 私がソニーの社長という重責を担って6年。すっかり輝きを失ったかのように思えたソニーを率いた日々は、あっという間に過ぎ去っていた。言ってみれば、社長として駆け抜けた激動の日々の、まさに総決算を突きつけられる瞬間だった。

 「最終的な数字はこうなりました」。スクリーンに映った資料には、連結営業利益の欄に「734860」とある。単位は百万円だから7348億円。それは1997年度以来、20年ぶりに最高益を更新したことを表していた。

 「よくここまで来られたものだ……」。安堵とも達成感とも言えない、不思議な感情がこみ上げてきた。

 「エレキが分からない平井に社長が務まるハズがない」

 「ソニーがテレビをやめるか、平井が辞めるか。どちらが先になるか見ものだな」

 2012年の社長就任以来、これでもかというほどのバッシングにさらされてきた。そんな日々がようやく報われた。

次ページ 崖っぷちで受け取ったバトン