複数のフレームワークを紹介しながら、顧客起点でどのように経営を改革するかを解説してきた本連載。最終回は、その象徴的な事例とも言えるソニーのテープレコーダー発売時の経緯を振り返り、当初は理解されなかった製品の市場をいかに拡大したか、顧客起点で読み解く。併せて後半では、コロナ禍で大きな打撃を受けた後、顧客起点を徹底したことで短期に回復を遂げたアソビュー代表との対談をお届けする。

<span class="fontBold"><span class="fontSizeL">西口一希氏</span><br />M-Force 共同創業者 / Strategy Partners 代表</span><br />P&Gで「パンパース」「パンテーン」などのブランド事業を手掛け、2006年からはロート製薬でスキンケアブランド「肌ラボ」を担当し、売り上げを8倍に伸ばした。15年からはロクシタンジャポンの社長として2年で最高収益の実現に貢献。スタートアップのSmartNewsでは日本と米国のマーケティング責任者として時価総額1000億円を超える成長に重要な役割を果たした。近年は経営およびマーケティングのコンサルティング活動と投資活動に従事。(写真=北山 宏一)
西口一希氏
M-Force 共同創業者 / Strategy Partners 代表

P&Gで「パンパース」「パンテーン」などのブランド事業を手掛け、2006年からはロート製薬でスキンケアブランド「肌ラボ」を担当し、売り上げを8倍に伸ばした。15年からはロクシタンジャポンの社長として2年で最高収益の実現に貢献。スタートアップのSmartNewsでは日本と米国のマーケティング責任者として時価総額1000億円を超える成長に重要な役割を果たした。近年は経営およびマーケティングのコンサルティング活動と投資活動に従事。(写真=北山 宏一)


CASE 8

顧客はどこにいるか
1950年のソニーの挑戦

 ソニー(当時の東京通信工業)は1950年、日本初のテープレコーダーを発表した。最初の製品は、ガバメントの頭文字からG型と名付け、当時の金額で16万円で販売。続いてホームのH型、パーソナルのP型と改良を重ねた。圧倒的に独自性のある製品だったが、当初はまったく売れなかった。それが数年のうちに一気に普及する転換点となったのは、「誰が顧客たり得るのか」を見つけたこと、そして「その顧客にとっての『便益』は何か」を洞察して明確に伝えていったことにある。顧客起点の経営改革のフレームワークにおける、まさしく「顧客戦略(WHO&WHAT)」を見いだした好例である。

 ソニー創業者の盛田昭夫氏と井深大氏は、G型が完成した際、これは飛ぶように売れるはずだと喜んだという。実際、興味を持つ人は多く、盛田氏や、同じくこの商品に可能性を感じて仕入れていた八雲産業の倉橋正雄氏は周囲に熱心に勧めたが、一向に購入に至らなかった。それは高価格が理由のようにも思えるが、画期的な製品だけに活用を想像できず「対価を払うだけの、“自分ごと化”できる明確な便益を見いだせなかった」ことが本質的な理由だと考える。

<span class="fontBold">ソニーの普及型テープレコーダーH型</span>(写真=ソニー提供)
ソニーの普及型テープレコーダーH型(写真=ソニー提供)

 より小型の製品が必要だと、翌年に小型化かつ安価になったH型を完成させた。これが普及する転換点の一つは、全国の学校で盛んになりつつあった視聴覚教育に着目し、試用の機会を提供したことだ。文部科学省とNHKを中心に、学校の教員へ学校放送の指導が始まり、その一環で開催された研究大会にソニーはH型を何十台も貸し出した。

 ほかにも、録音機能は様々な教科で使いようがある。そこで倉橋氏は、文科省や現場の教員と勉強会を開始。それに着目した盛田氏の発案で、全国の教育現場で「視聴覚教育のあり方」をテーマに講演活動を始めた。録音機の使用法や実感を伴う効果を説明することが、結果的に「教育現場におけるテープレコーダー需要の開拓」、つまり顧客にとっての「便益」の発見につながった。

 例えば、そろばんの読み上げ算をあらかじめ録音し、授業で流す間に教員は生徒の指導をすることができる。こうした事例が共有され、全国の学校に広くソニーのテープレコーダーが普及していった。