子会社を整理して再出発したノジマは買収を繰り返し、再び拡大路線を突き進む。一時社長を退任したが、多くの子会社の業績が上向かず、社長に復帰。10億円以上の損失を出した再度の失敗で行き着いたのは「人」が重要という結論だった。

<span class="fontBold">野島廣司[のじま・ひろし]氏</span><br>1951年神奈川県横浜市生まれ。73年に中央大学商学部を卒業し、野島電気商会(現・ノジマ)に入社。当時社員数2人だった会社を立て直し、連結売上高5000億円超の企業に成長させた。94年から社長を務め、2006年に退任したが翌年から社長に復帰した。国内外881店(フランチャイズチェーン含む)を展開している。70歳。(写真=北山 宏一)
野島廣司[のじま・ひろし]氏
1951年神奈川県横浜市生まれ。73年に中央大学商学部を卒業し、野島電気商会(現・ノジマ)に入社。当時社員数2人だった会社を立て直し、連結売上高5000億円超の企業に成長させた。94年から社長を務め、2006年に退任したが翌年から社長に復帰した。国内外881店(フランチャイズチェーン含む)を展開している。70歳。(写真=北山 宏一)

 「IT(情報技術)革命が起こる」といわれていた2000年は、僕とノジマにとって再出発の年でした。前回お話ししたように、2人の恩人の言葉を受けて、9社あった子会社のほぼ全てを1999年までに解散・整理しました。「顧客第一」という原点に返るとともに、社員に挑戦する場を与えながら会社を成長させようと決意したのです。

 まず、通信機器商社の「ソロン」という子会社を作りました。携帯電話などをメーカーから仕入れる子会社です。携帯電話販売を手掛けていた「テレマックス」という会社の一部業務をソロンに移し、メーカー対応を任せました。パソコンなどを販売するネットショップを運営する「イーネット・ジャパン」も同年に設立しました。

 イーネット・ジャパンは2004年に大阪証券取引所のヘラクレス(現・東証ジャスダック)市場に上場しました。もともと「社会の公器」として認めてもらえる会社にしたいという思いがあったので、ソロンやテレマックスも上場させたいと思っていたんです。でも、親会社が子会社を上場させる親子上場への批判が強まったこともあって、子会社の上場を目指すのはやめました。

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