この記事は日経ビジネス電子版に掲載した『地方創生に身を焦がす』を加筆・再編集して雑誌『日経ビジネス』に掲載するものです。

起業へと一歩を踏み出したら、今度はリーマン・ショックが襲ってきた。FX(外国為替証拠金)のデイトレードで食いつなぐ綱渡りの日々もあった。どこでつまずいてしまったのか。その振り返りから、目指すものが少しずつ見えてきた。

須永珠代[すなが・たまよ]氏
トラストバンク会長兼ファウンダー

群馬県伊勢崎市生まれ。2012年4月にトラストバンクを設立し、同年9月、ふるさと納税総合サイト「ふるさとチョイス」を開設。「自立した持続可能な地域をつくる」との目標を実現するために様々な新規事業を手掛ける。観光庁の検討会の委員なども務めた。20年1月にトラストバンクの会長兼ファウンダーに就任した。(写真=的野 弘路)

 2008年の夏、私は起業に向けて一歩、踏み出すことにしました。当時、起業の経験をさせてもらっていた金融ベンチャーを退職したのです。

 ここでの仕事はとても勉強になりましたが、あまりにも多忙で、起業について考える時間がつくれませんでした。月の労働時間はゆうに400時間に達していました。

 当時は、仕事が終わった後や週末の時間を使って起業する「週末起業」がはやっていました。30代のうちに起業するためにも、まずは週末起業にチャレンジしてみようと考えました。「時間に比較的余裕がある派遣社員になって、ゆっくりと起業のアイデアを練ろう」。そんな甘い考えで辞めてしまったのです。

 退職直後、世の中ではリーマン・ショックが起きました。あわてて派遣の仕事を探すも、ほとんど見つかりませんでした。ようやく見つけて応募しても、すべて落とされてしまう。コンビニエンスストアのアルバイトの採用面接に行きましたが、これもダメでした。

 リーマン・ショックの影響がこんな私にまで及ぶことにびっくりしました。それと同時に、漠然と覆いかぶさってくる恐怖心。じりじりとお金がなくなっていきました。

 生活保護を受けようと役所にも問い合わせをしましたが、家賃の上限で引っかかりました。当時住んでいた東京都渋谷区のワンルームの家賃は約7万円。生活保護を受けるには家賃が5万円ほどより低くなければならなかったんです。かといって、引っ越しするお金もありませんでした。

 貯金の残高が20万円を切り、あと1カ月しか暮らせないことが分かったとき、いよいよ追い詰められました。

 お金がないと、本当に精神的につらくなります。でも、それ以上につらかったのは、社会にまったく必要とされていないと感じたことです。正社員はおろか、派遣社員やアルバイトとしてすら働けない。社会から「あなたは不必要」と烙印(らくいん)を押されたような気持ちになりました。

続きを読む 2/3 デイトレードで食いつなぐ

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