経営に対する考え方の違いから兄と別れ、31歳でエーワン精密を創業した。順調なスタートを切ったが、不安な気持ちは消えない。年商の2倍もする機械の導入に奔走した。賭けに勝って成長を続けたが、技術はどんどん進化する。立ち止まる余裕はなかった。

 「ここもダメだったか……」。

 付き合いのある銀行や信用金庫の担当者に借り入れの相談をしては断られることを繰り返しました。経営に対する考え方の違いから兄と別れ、31歳でエーワン精密を立ち上げてから数年後のことです。

 自動旋盤で加工するときに使う工具であるカムの製造は創業当初から好調で、売り上げも順調に伸びていきました。ところが、不安な気持ちが消えませんでした。当時のカムの製造は手作業が中心。社員がどれだけ育っても、カムの品質がなかなか安定しなかったのです。自分たちが成長しないままでは、いつかお役御免になってしまうのではないか。そんな焦りがありました。

 ある機械メーカーを訪問した時、そのころ登場した、コンピューターによる数値制御で加工できる機械を見かけました。難しい加工が必要なカムの注文が次第に増えていた時期です。「こういう機械で造らなければ将来は注文をもらえなくなる」と直感しました。

<span class="fontBold">梅原勝彦 [うめはら・かつひこ]<br />エーワン精密 相談役</span><br />1939年東京生まれ。父が事業に失敗したことなどから小学校卒業後、12歳で働き始める。職人として腕を高めながら独立。70年にエーワン精密を設立し、消耗工具を主力とする金属加工業を営む。利益にこだわった町工場として知られ、2004年にジャスダック(現・東証ジャスダック)に上場。20年に設立50周年を迎えた。(写真=栗原 克己)
梅原勝彦 [うめはら・かつひこ]
エーワン精密 相談役

1939年東京生まれ。父が事業に失敗したことなどから小学校卒業後、12歳で働き始める。職人として腕を高めながら独立。70年にエーワン精密を設立し、消耗工具を主力とする金属加工業を営む。利益にこだわった町工場として知られ、2004年にジャスダック(現・東証ジャスダック)に上場。20年に設立50周年を迎えた。(写真=栗原 克己)

年商の2倍を借りようと

 この機械がとにかく高額でした。その頃のエーワン精密の年商が1000万円ほどだったのに、2000万円もするんです。創業から間もなかったので手元資金も足りない。普通ならあきらめるところかもしれませんが、「この機械の設備投資をしたいので、そのための借り入れをしたい」と回りました。その結果、先ほどお話ししたように断られてばかり。当然ですよね。できたばかりの町工場が年商の2倍のお金を借りようとしているわけですから。

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この記事はシリーズ「エーワン精密・梅原相談役の「不屈の路程」」に収容されています。WATCHすると、トップページやマイページで新たな記事の配信が確認できるほか、スマートフォン向けアプリでも記事更新の通知を受け取ることができます。