世界的ベストセラー『サピエンス全史』で人類が発展したメカニズムを解明したユヴァル・ノア・ハラリ氏が日経ビジネスに寄稿した。個人の意思決定を操作できる時代。ハラリ氏はIT企業に高度な倫理的責任感を持つよう求める。今の自分にしがみつかず、変化を受け入れる柔軟な人間性が欠かせないと説いた。

PROFILE

ユヴァル・ノア・ハラリ[Yuval Noah Harari]氏
歴史学者、哲学者。1976年イスラエル生まれ。2002年に英オックスフォード大学で博士号を取得し、現在はエルサレムのヘブライ大学で歴史学の講義を受け持つ。『サピエンス全史』『ホモ・デウス』『21 Lessons』などの著作は60言語に翻訳され、2750万部を売り上げている。18年と20年に世界経済フォーラム年次総会(ダボス会議)で「人類の未来」について基調講演を務めた。仏エマニュエル・マクロン大統領や独アンゲラ・メルケル首相など、各国の要人とも精力的に会談を行い、今日の世界が抱える課題について議論している。

世界を覆う疫病、混乱が続く政治、経済…現状をどう見ればよいか

 世界がグローバルな危機の時代にあるのは明らかだ。新型コロナウイルス感染症のパンデミック(世界的な大流行)で多くの人命が失われ、人々は甚大な経済的困難に見舞われた。

 だが、全体像を見失ってはいけない。この数十年、人類は平和、寛容、協力のリベラルな価値観に基づく国際秩序を苦労して構築してきた。このリベラルな国際秩序のもとで21世紀初頭、私たちは人類史上、類を見ない平和と繁栄を謳歌している。餓死が肥満に起因する死を下回り、疫病による死が老衰死を下回り、暴行死が事故死を下回る時代は初めてだ。今日では、火薬よりも砂糖のほうが人体に危害を及ぼす。

 だが、素晴らしさに慣れ過ぎて当然視した結果、成熟したリベラルな国際秩序が危機にさらされている。各国は不安定な国際秩序を立て直そうともせず、目を背けている。あえて弱体化すらさせている。世界のシステムは今や、すべての人が一つ屋根の下に暮らしながら、誰も修理しない家のようだ。

 多くの政治家は、世界が数十年かけて実現した驚異的な進歩を歓迎もせず、強化する対策も取らず、ただ、「昔は良かった、あの頃に立ち返ろう」と主張している。こうしたポピュリスト(大衆迎合主義者)たちは懐古的な空想にふけるだけで、未来に向けた明確なビジョンや、人類が直面している深刻な脅威に対する現実的な対策をほったらかしにしている。

 人類に対する大きな脅威は3つある。核戦争、生態系の崩壊、テクノロジーのディスラプション(創造的破壊)だ。これらの脅威はそれ自体がグローバルで、多国間で協力しなければ解決できない。1国だけで地球温暖化や核戦争を止めることはできないし、生物工学やAI(人工知能)を単独で規制することも不可能だ。

 たとえ、日本が温室効果ガス排出量をゼロにしても、ロシアやインドが削減努力をしなければ意味がない。大規模な洪水やひどい猛暑が引き続き東京を襲うだろう。同様に、日本だけが遺伝子操作ベビーや自律型兵器を禁止しても、大差はない。中国や米国は殺人ロボットや遺伝子操作をされた超人の開発にひた走るかもしれない。そうなれば日本も遅れまじと同じ危険な道を進もうとしてもおかしくない。

 その結果、起きるのは生物工学兵器やAI兵器の開発競争だろう。軍拡競争が激化し、それを放置していれば、誰が勝者になるかは意味を持たなくなる。人類の敗北となるだけだ。

 強靭(きょうじん)な国際システムがあってこそ、こうした難題に対処できるというのは論をまたない。これらの問題を何よりも優先してしっかり取り組んでいくことができなければ、他のことも意味がなくなる。

続きを読む 2/5 今日の世界は歴史上、どのように位置付けられるか

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