慶應義塾大学の高田英亮教授による誌面講義の3回目は流通チャネル研究。取引費用理論を基に製造業者が自前で流通を担うか、流通業者に任せるか、多くの分析がなされている。仮説と分析をビジネスに生かすためには、3つのポイントに留意することが必要だ。

<span class="fontBold">高田 英亮 教授[Hidesuke Takata]</span><br> 1981年生まれ。2004年慶應義塾大学商学部卒業、06年同大学大学院商学研究科修士課程修了、09年同博士課程単位取得退学。慶應義塾大学商学部助教、専任講師、准教授を経て、20年から現職。博士(商学)。(写真=的野 弘路)
高田 英亮 教授[Hidesuke Takata]
1981年生まれ。2004年慶應義塾大学商学部卒業、06年同大学大学院商学研究科修士課程修了、09年同博士課程単位取得退学。慶應義塾大学商学部助教、専任講師、准教授を経て、20年から現職。博士(商学)。(写真=的野 弘路)

 本連載において、前回までは筆者の専門の1つであるマーケティング戦略に関連するテーマを取り扱ってきた。今回からは、筆者のもう1つの専門である流通チャネルについて取り扱う。

 最初に、流通チャネルとは何かを確認しておきたい。流通チャネルにはマクロ的観点、ミクロ的観点それぞれからの捉え方がある。マクロ的観点からは「製造業者によって生産された製品が顧客によって使用・消費されるまでの間に存在する様々な懸隔を架橋する諸制度の集合」と捉えられる。

 ミクロ的観点からは「個別の企業が製品を販売する際の流通経路」と捉えられる。この流通経路を特定の企業がマーケティング上の目的をもって編成するとき、それを特にマーケティング・チャネルという。本連載では、流通チャネルを後者のミクロ的観点から捉え、議論を進めていく。

 さて、慶應義塾大学商学部の菊澤研宗教授による特別誌面講義でも登場した取引費用理論は現代の経営学で有力な理論の1つであるが、流通チャネルの分野でも重要である。取引費用理論の中心的な分析対象は「ある取引を内部化するか外部化するか」という問題である。

<span class="fontBold">企業が製品を販売する際の流通経路を分析する</span>(写真=AP/アフロ)
企業が製品を販売する際の流通経路を分析する(写真=AP/アフロ)

 他方、流通チャネルにおける重要な問題の1つは「流通機能を内部化するか外部化するか」である。この問題の一致により、取引費用理論を応用した流通チャネル研究が盛んに行われている。今回はこの研究に着目し、その中心的な仮説と分析結果を紹介したい。最後に、ビジネスパーソンの皆さんに分析結果を見る際の注意点も述べたい。

 取引費用理論の代表的な提唱者は、米シカゴ大学教授であったロナルド・H・コースと米カリフォルニア大学バークレー校教授であったオリバー・E・ウィリアムソンである。その功績により、前者は1991年、後者は2009年にノーベル経済学賞を受賞した。このうち今回取り上げるのは、ウィリアムソン教授の取引費用理論である。特徴としては、測定可能な状況要因(説明変数)を含む巧妙な分析の枠組みを提示することで、従来は困難であったその理論の実証分析への道を開いたことが挙げられる。

 ウィリアムソン教授を中心に発展した取引費用理論はまた、資産特殊性仮説、環境の不確実性仮説、行動の不確実性仮説など、いくつかの仮説を提示した。その中で今回注目するのは、資産特殊性仮説である。これは取引費用理論の中で最も重要な仮説であり、ウィリアムソン教授自身「取引費用理論の説明力の多くがこの要因(資産特殊性)にかかっている」と述べている。以下ではまず、流通チャネルにおける資産特殊性仮説を説明する。

 仮説の説明に入る前に、流通チャネルにおける資産特殊性とは何かを押さえておきたい。これは「製品の販売に必要な流通資産が特殊的である程度」のことである。「特殊的である」とは「特定の製造業者に特殊的であり、生産価値の損失なしに、他の製造業者との取引に再配置できない」ことを意味する。

 加えて、資産特殊性にはいくつかのタイプがあるが、その中で代表的なものは人的資産特殊性と物的資産特殊性である。特殊な人的流通資産の例は特定の製造業者の製品や顧客について特別な知識やノウハウを持った販売員であり、特殊な物的流通資産の例は特定の製造業者のためにカスタマイズされた倉庫や運搬車両などの物流設備である。こうした特殊な流通資産を巡る仮説は以下の通りである。

特殊な流通資産、どう確保

 製品の販売に必要な流通資産が汎用的である場合、流通機能を流通業者に外部化することが賢明である。というのも、流通業者は規模の経済や専門化のメリットを生かして流通機能をより効率的に遂行できるからである。

 逆に、製品の販売に必要な流通資産が特殊的である場合、その状況は一変する。ここでは製造業者A社が特殊な流通資産を必要とし、流通業者B社がその特殊な流通資産に投資をする場合を考える。流通業者B社がその投資をしたら、製造業者A社は必要とする特殊な流通資産を確保できる。しかし話はそう単純ではない。

 この状況で製造業者A社は、流通業者B社に対して機会主義的に行動し、自社にとって利益となるような取引条件の事後的更新など、様々な駆け引きを仕掛ける可能性がある。流通業者B社が特殊な流通資産にいったん投資をしたら、それを他の製造業者との取引に転用するのは難しい。このいわば閉じ込められた状況を理解する製造業者A社は、足元を見て行動するかもしれないのである。

 他方、流通業者B社はそれを黙って見ているわけではない。むしろその製造業者A社の行動を予見し、将来起こりうるトラブルを回避すべく事前に対処する。すなわち流通業者B社は特殊な流通資産にそもそも投資をしないのである。そうすると製造業者A社は困る。なぜなら必要とする特殊な流通資産を確保できないからである。

続きを読む 2/3 実証分析の再現性の問題

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