良い企業には「収益性」「成長性」に加えて高い「社会性」が必要だ。それが近年のCSR重視につながっている。これまで企業の社会性を巡ってはフィランソロピーブームなど3回の大きなうねりがあった。CSRが社会に定着したのは、「社会性は企業自身にとっても必要」との考えが浸透してきたからだ。

岡本大輔 教授[Okamoto Daisuke]
1958年生まれ。慶應義塾大学商学部卒、同大学商学研究科博士課程単位取得退学。96年から同大学教授。2019年から同大学商学部長を務める。中外製薬CSRアドバイザリー・コミッティーメンバー、企業と社会フォーラム学会理事・運営委員会委員などを歴任。博士(商学)。(写真=的野 弘路)

 本連載の第1回では、良い企業の条件として高い社会性が挙げられることを示した。そして以前の「狭義の社会的責任」と「広義のCSR(企業の社会的責任)」では、カバーする領域が異なっていることを説明した。今回は「狭義の社会的責任」から「広義のCSR」へとどのように移り変わってきたのかに触れ、企業の社会性についてさらに考えていきたい。

 筆者は、企業の社会性に関して日本では3回の大きなうねりがあったと理解している。最初は「企業の社会的責任」という言葉がクローズアップされた高度成長期の1960~70年代。2回目は「メセナ」「フィランソロピー」というキーワードが盛んに使われた、バブル経済期の80年代後半から90年代初頭。そして3回目がCSRブームとなった21世紀の初頭である。

 この3回の大きなうねりのため、「社会的責任」についての人々の理解は多様なものになっている。

社会的責任の3つのうねり

 最初のうねりは、日本で企業の社会的責任という言葉が一般的になった60~70年代の高度成長期に起こった。65年11月から70年7月まで57カ月間続いた「いざなぎ景気」の時代である。

 戦後、日本企業は欧米に追い付け追い越せということで懸命に経済を引っ張ってきた。生活水準の向上のためには、企業の成長が不可欠であり、そのためには企業は何をやってもいいので日本を豊かにすることを最優先にしてほしい。そんな経済成長至上主義に初めてストップがかかったのが高度成長期における社会的責任ブームだった。

 当時、注目されたのが公害という社会問題である。汚水、排煙、騒音といった公害に大きな批判が集まり、企業にも社会的責任があるだろう 、という意見が初めて出てきた。

 これに対し、企業は産業全体から個別企業に至るまで、様々なレベルで経営行動基準を定め、公害に対処し、企業の社会的責任を果たそうと努力して対応した。その内容が、第1回でも説明した狭義の社会的責任である。

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