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戦略コンサルタントとして経験豊富な三谷宏治氏、中国古典研究家の守屋淳氏の2人が、縦横無尽に世界の歴史や企業経営に斬り込み、論じ合いながら、現代日本の課題解決につながるヒントを探っていく。

ORIENT(オリエント)
原義は「ローマから東の方向」。時代によりそれはメソポタミアやエジプト、トルコなど近東、東欧、東南アジアのことをさした。転じて「方向付ける」「重視する」「新しい状況に合わせる」の意味に

(写真=吉成 大輔)
Koji Mitani
1964年、大阪府生まれ福井育ち。KIT虎ノ門大学院教授。東京大学理学部物理学科卒業後、BCG、アクセンチュアで経営コンサルタントとして活躍。92年INSEADでMBA修了。2006年から教育現場で活動する。『経営戦略全史』『戦略読書〔増補版〕』ほか著書多数。
(写真=吉成 大輔)
Atsushi Moriya
1965年、東京都生まれ。作家、中国古典研究家。早稲田大学第一文学部卒業。『孫子』『論語』『三国志』や渋沢栄一などの知恵を現代にどう活かすかをテーマとする執筆や企業での研修、講演を行う。主な著書に『最高の戦略教科書 孫子』『現代語訳 論語と算盤』など。

企業レベルでの爆発的成長

三谷(以下、三) われわれが生きる21世紀は、急成長の時代です。それまで10年以上足踏みをしていた世界経済は2001年のGDP総額34兆ドルから、たった9年で倍の72兆ドルになりました。BRICS*1をはじめとした新興国の爆発的成長があったからです。その中で日本は低成長が続き、GDP規模は世界3位からドイツにも抜かれようとしています。

守屋(以下、守) 日本の「労働生産性(時間当たり)」はOECD36カ国中21位で、米国やドイツの6割程度、1人当たりGDPでは韓国にも追いつかれようとしています。これらは一体なぜなのでしょうか。

 中国、インドを含む新興国はもちろん、米独や北欧諸国、韓国など、いずれにも爆発的に成長した企業や産業があります。IT業界そのものがそうですが、米国のFAANGや中国のアリババ、テンセント、バイドゥ。製造業の中心である自動車産業でもテスラやボッシュ。世界で稼いだ富が本国に流れ込みます。でも日本にはそれがありません。どの産業においても米国や、中国など新興国で顕著な「爆発的成長」を実現できていないのです。

この爆発的成長の本質を考えるために、過去を見つめてみましょう。まずは私が知る爆発的な企業成長の例、A&P*2のことをお話しします。それは最初の巨大単一市場(マスマーケット)米国で始まりました。

 FOCUS 
秦王 政の憂鬱

秦の始皇帝を描いたとされる人物画(写真=ユニフォトプレス)

 紀元前770年、古代中国・周王朝が内乱状態となった。ときの周王を守ったのが、西の辺境の小勢力「秦」だった。彼らは蛮族扱いされながらも、ここでの功績で諸侯の列に加わり、以後、国力を高め勢力を拡大していく。紀元前238年に政が秦王として実権を握ってからは王翦(おうせん)*3などの活躍もあり、たった17年で韓・趙・魏、そして楚・燕・斉を滅ぼし、中華の統一を果たした。

 政は考えていた。「秦をこれまで救ってきたのは常に外部の人材だった」「西域の野蛮人と蔑まれてきた我々だからこそ自国中心主義に陥ることなく、優れた人材と文化を外部に求め、強くなってきた」「信義と寛容こそが秦の基盤だった」「しかし、これからもそれでいいのか」「治めるべき国土・人民はどんどん広がっている」「この成長をどう支えればいいのだろう」「今は言葉も貨幣も量りも物差しも、文化も習慣もみんなバラバラだ」

 ときは紀元前221年。遠く西ではローマがようやくイタリア半島を支配し、カルタゴのハンニバルと戦っていた頃。政はこれからの版図に思いを巡らせつつ、憂鬱に沈んでいた。「寛容か規律か、信義か法治か。実に悩ましい」「しかし私は、新しい道を築かねばならぬ」

 皇帝制度を打ち立て、数々の改革を断行した政を、後世の人々は始皇帝と呼ぶこととなる。

*1=Brazil、Russia、India、China、South Africaの5カ国の頭文字。2001年にゴールドマン・サックスのエコノミスト、ジム・オニールが提唱した
*2=正式名称は「The Great Atlantic & Pacific Tea Company」。1859年創業、1915~65年の50年間、米国最大の小売企業だった。2015年経営破綻
*3=趙・燕・楚を制圧したほか、南方の百越も征服した無敵の将軍。生没年不詳。『キングダム』で活躍する王騎と同一人物とする説もある
日経ビジネス2020年10月26日号 98~102ページより目次