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経営判断を惑わす様々な罠(わな=トラップ)を、過去に遡るタイムマシンに乗って分析することで、世間の風潮に流されない本物の価値判断力を養おう。トラップの典型が、AI(人工知能)などバズワードに象徴される「飛び道具トラップ」だ。今回は20年ほど前の「ERP(統合基幹業務システム)ブーム」を検証する。

※本連載は日経ビジネス電子版「オンラインゼミナール」に掲載中のシリーズを雑誌に転載したものです。オリジナル記事はオンラインゼミナールの「逆・タイムマシン経営論 第1章 飛び道具トラップ」をご覧ください。

(写真=PIXTA)

講師プロフィル

杉浦 泰(すぎうら・ゆたか)
社史研究家兼ウェブプログラマー
(写真=的野 弘路)

1990年生まれ、神戸大学大学院経営学研究科を修了後、みさき投資を経て、現在は社史研究家兼ウェブプログラマー。2018年1月にウェブサイト「決断社史」を立ち上げ、現在は「The社史」を運営する。

楠木 建(くすのき・けん)
一橋ビジネススクール教授
(写真=的野 弘路)

1992年、一橋大学大学院商学研究科博士課程修了、一橋大学商学部専任講師、同助教授、同大学イノベーション研究センター助教授、同大学大学院国際企業戦略研究科准教授を経て、2010年から現職。

 「飛び道具トラップ」が頻繁に発動するのは何といってもITツールの分野です。ITの本質はコンピューターによる計算技術ですが、その普遍性ゆえに応用分野が広く、「何が実現できて、何ができないか」という線引きが難しい面があります。このため、ITの専門家ではない経営者は、「過剰な期待」や「過度な幻滅」を抱きやすくなります。

 ITツールが「飛び道具トラップ」として大規模に発動した事例として今回検証するのは、今から20年ほど前の「ERP(統合基幹業務システム)ブーム」です。ERPとは主に大企業が経営資源を計画的に利用するためのソフトウエアです。1990年代後半に日本で旋風を巻き起こしたERPについて、どのようにして過剰な期待感が形成されて「飛び道具トラップ」が発動し、その結果として何が起こったのかを見ていきましょう。

用語解説

ERP

Enterprise Resource Planningの略で、統合基幹業務システムと訳す。財務や在庫管理といったホワイトカラーの業務を合理化するという重要な役割を担う

 ホワイトカラーの仕事の流れを高速道路に乗せる。そんなコンピューターソフトが現れた。(中略)新しい業務改革ソフトは迷路を整理し、仕事の手順をスムーズにする。総論賛成でも各論反対でなかなか進まないリエンジニアリング(業務の抜本的革新)を、実質的に推進する道具となる。ただ、業務の合理化であなたの仕事はなくなるかもしれない。

(出所:日経ビジネス 96年1月22日号特集「要らない仕事 業革の秘密兵器ERP」)

 90年代後半において、日本におけるERPへの期待感は過剰に高く、ある種の「魔法の杖(つえ)」のような扱いを受けていました。96年の日経ビジネスの記事のタイトルにも表れているように、ERPは「業革の秘密兵器」であり、導入によって企業が根本的に変わるという期待を集めていました。そもそもERPはどのような背景のもとでブームを形成したのでしょうか。

⽇経ビジネス 1996年1⽉22⽇号 特集 「要らない仕事 業⾰の秘密兵器ERP」
日経ビジネス2020年2月17日号 50~55ページより目次