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 幼いころからの冒険好きが高じて、高校卒業後はドイツの大学に留学する。そこで旅行資金獲得のために企画した、日本人向けのツアーがビジネスの始まりとなる。帰国後、西新宿の小さなオフィスで格安航空券の販売を始めたが、苦難の日々が待っていた。

 「この先にはどんな世界が広がっているんだろう」

 高校時代に旅行した北海道で、海の向こうへの憧れを強く持ちました。北海道でさえこんなに広いのに、その先にあるソビエト連邦や欧州はどんなに巨大なのか。「ああ、見てみたいなあ」と思いました。

 振り返れば小さなころから好奇心旺盛で、うろちょろしてばかり。遊んでいるとついつい寄り道して帰りが遅くなることもしょっちゅうでした。高校生になると、旅に出るようになります。友人と紀伊半島を自転車で一周したこともありました。

 私が大学に進学するころ、日本は大学紛争の真っただ中。落ち着いて勉強できる環境ではない、と海外への進学を決意しました。ドイツを選んだのは、欧州の真ん中にあり、いろいろな国に旅行しやすそうだったからです。それに、あまり人が選ばないような留学先がよかった。高校卒業後4年間アルバイトをして必死でためたお金を手に、横浜港から旅立ちました。同級生が大学を卒業するころ、私のキャンパスライフは始まったのです。

澤田氏は、シベリア鉄道で留学先のドイツまで向かった。国によって街や人の雰囲気が変わるのが印象的だったという(写真=TASS/アフロ)

 船でナホトカまで着くと、大陸ではシベリア鉄道に乗りました。ソ連に着いたとき、すごく暗い雰囲気だったのを覚えています。劇場や地下鉄といった公共施設は立派ですが、街の人々の顔が暗い。でもオーストリアへ抜けると、一気に明るくなりました。

 留学したのは、旧西ドイツのマインツ大学です。金融都市フランクフルトに近く、ライン川下りの名所。そこで経済学を学びました。語学も習得しなければなりませんから勉強は大変でしたが、長い休みには、欧州やアフリカ、中東、米国など世界各地を旅しました。

 

出張者向けのツアーで稼ぐ

 国ごとの違いを肌で感じたのはいい経験です。鉄道でドイツからオーストリアを抜けて、ハンガリーに行くと、駅がどんどんみすぼらしくなっていくんです。国の経済力によって街の雰囲気が変わるのは面白かった。