海外からの需要拡大に応えるために英国に現地法人を設立。世界最大のニット工場に納めたと感慨にふける暇もなく、予期せぬクレームが舞い込む。それを克服したのも、悲観的に考えずに前向きに取り組む姿勢だった。

 オイルショックの逆風の中から生まれた「コンピューター制御編み機(SNC)」は、ニット製品にも多品種少量の時代が来るという私の見立てが当たり、後継機と共に業界を席巻しました。引き合いは国内にとどまりません。海外からの需要拡大に対応するために、1985年にはニット生産の本場である英国に初の海外現地法人「シマセイキ・ヨーロッパ」を立ち上げました。

 現地法人を構えたのはロンドンとニットの産地として知られるレスターの間にあるミルトンキーンズの工業団地。サッチャー政権が外資を積極的に誘致し始めたころで、同郷の先輩の森林平さんが率いる森精機製作所(現在のDMG森精機)の現地法人の隣でした。

島 正博 [しま・まさひろ]氏
1937年和歌山市生まれ。県立和歌山工業高校卒業。18歳でゴム入り安全手袋を開発するなど若いころから発明の才能を発揮する。61年に島精機製作所の前身を創業。全自動手袋編み機、全自動襟編み機、ホールガーメント横編み機などを世に送り出し、アパレル業界に変革をもたらす。2017年6月に会長就任。旭日中綬章を受章。(写真=菅野 勝男)

 森精機の創業者である森さんには、10代のころから何かと目をかけていただきました。高校生だった私を技術顧問に引き上げていただいて以来、2005年に亡くなるまで50年の長きにわたり、経営に人生に幅広くご教示いただきました。早くに父を亡くした私にとって父親のような存在でした。

 社名の由来も森さんのアドバイスです。私は3という数字が好きで、息子の名前も「三博」。創業時には「三伸精機」と名付けましたが、すぐに経営をめぐって内部分裂しました。「三伸精機なんて下手くそな会社名を付けるから失敗するんや。誰が、何をする会社なのかを明確にせないかん」。森さんに手厳しく叱られて社名を変えましたが、何のことはありません。「森精機製作所」の「森」を「島」に変えただけです(笑)。

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