上場から2年後の債務超過という危機を乗り切った後も、難関が次々と訪れる。データセンターの事故で顧客のサイトが止まり、ライバルによる買収の危機も浮上した。コスト削減で業績は上向いたが、今度は社員が次々と去っていった。

田中邦裕 [たなか・くにひろ]
1978年大阪府生まれ。舞鶴工業高等専門学校4年生だった96年にさくらインターネットを創業し、98年に会社設立。2000年に他の役員との意見の相違から社長を辞任し、副社長に就く。05年の東証マザーズ上場後、債務超過に陥った07年に社長復帰。顧客と従業員のための経営を志す。20年から沖縄県に移住しリモート前提の働き方に転換。(写真=的野 弘路)

 上場のわずか2年後に債務超過に陥り、社長に復帰して支援者探しに走り回ったのが2007年。翌年2月の第三者割当増資を双日に引き受けてもらい、さくらインターネット史上最大の危機からは脱しました。ところが、その後も経営ではヒヤヒヤすることばかり。「今度こそ倒産してしまうかもしれない」と思ったことが何度もあります。

 08年の年の瀬が押し迫ったころのことでした。債務超過から続いていた経営の混乱もようやく収まり、「来年は復活の年にしていこう」と意気込んでいました。そんな時に起きたのがデータセンターのトラブルです。場所は西新宿のデータセンター。電源設備から煙が出て、消防車まで出動する事態になりました。

 そのデータセンターの一角に電力を供給できなくなり、我々の顧客として場所を借りてくれていた著名なスタートアップ企業数社のサイトがダウンしてしまいました。幸い出火もけが人もなく翌日には復旧できたのですが、顧客企業にとっては致命的な問題です。中でも、SNS(交流サイト)が主力のグリーは2日前に東証マザーズに上場したばかりでした。

 「本当に申し訳ありません」。原因の究明と再発防止策の検討を進める傍ら、現場の社員とともに各社へ謝罪に回りました。支援者探しに奔走していた前の年に続き、2年連続で頭を下げて回る年末になってしまいました。

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