最高の日本酒造りを追い求めるなら、幅広い味わいが実現できる最良の「酒米」が欠かせない。高木顕統社長は父と二人三脚で、1990年代から3種類の新たな酒米を開発しようと奮闘。曽祖父の時代から4代で追い続けた悲願を達成すべく、農家にも協力を呼びかけた。

高木顕統(たかぎ・あきつな)氏
高木顕統(たかぎ・あきつな)氏
1968年山形県生まれ。東京農業大学醸造学科(現醸造科学科)卒業、東京の高級スーパーでバイヤーに。家業の高木酒造で杜氏が引退し、江戸時代初期から続く蔵がピンチに。同時期に「運命的な一杯」の酒と出合い、帰郷して酒造りを担う。銘酒「十四代」で「芳醇(ほうじゅん)旨口」の時代を切り開き、2015年から社長。(写真=伊藤 菜々子)

 「酒造りに適した新品種のお米を、自分たちで開発できないだろうか」

 高木酒造が曽祖父の代から描いてきた夢は、苦戦続きでした。山形県は「コメどころ」として知られており、全国に誇れるおいしいお米が育ちます。ただ、食べるのに適した「飯米」と、日本酒を造るための「酒米(酒造好適米)」は求められる性質が異なります。その酒米に向いている品種を地元でさらに増やせたら、一段と幅広い味わいのお酒が楽しめる。

 ところが豪雪地帯でもある山形は、秋の気配が深まるにつれてぐっと気温が下がっていきます。国内の有名品種である「山田錦」や「雄町」は晩稲(おくて)といって、稲を刈り取る時期が遅いので、気温低下の影響を受ける東北地方では、大規模に育てにくいという難点があります。

 このため、寒くなる前に稲が十分に成長する品種が向いているのです。夏の終わりから秋の入り口に刈り取れる、早生(わせ)や中生(なかて)に分類できるものですね。こうした品種は澄んだ美しい酒質に仕上がりやすい一方、ふくよかな味わいも表現するには異なる特性が求められ、造り手はジレンマに直面します。

自ら品種改良、専門卸とタッグ

 私の父は自ら稲を交配し3つの新品種開発にこぎ着けました。「夢の実現には、信頼できるパートナーも必要だ」。そう考えた父は酒米専門の精米・卸会社、アスク(山形市)と手を組むことに。同社は別の米穀卸で酒米を担ってきた河合克行さんが独立し、1995年に設立。河合社長の良質な酒米を選び抜く力に、父は心底ほれ込んだようです。

 山形の気候に合いながら、今までにはない性質の酒米を作れるよう、品種改良に挑むこととなりました。

 そこで有望と思われた新品種について、試験醸造を担当したのが私です。ただ、最初は失敗続きだったので焦りましたよ。98年ごろから本格的に試験を重ねたのですが、私も河合社長も新品種のお米を見つめて、「やはり……」とうなずいたのです。

 良い酒米というのは、米粒の中に心白(しんぱく)と呼ばれる、やや白濁して見える部分があります。私たちが普段食べているお米だと、見かけないものですよね。新品種の栽培当初は、これがうまく米粒の真ん中に入っていなかったのです。

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