当時の私は百貨店系のスーパー(現・クイーンズ伊勢丹)で、酒類のバイヤーとして働いていました。自腹でワイン学校にも通い、銘柄や価格帯別の売れ行きも分析。そして自分で新宿エリアの居酒屋へ配達に行って、どの客層のお店で何が求められているか見て回りました。店主さんが「まあちょっと飲んでいきなよ」というノリもしょっちゅうで、会社に戻ると「何でバイヤーが外したままなんだ」とお叱りを受けることも多々。でも自分のお客さんが増えて、とても楽しかったのです。居酒屋で寝落ちしたまま朝になって気づくと、店主さんが布団を掛けてくれていたこともよくありました。

 だから、自分がどうすべきか迷いましたよ。東京には高校のときから上京し、東京農業大学第一高校、東京農業大学醸造学科(現在は醸造科学科)へと進学して就職しました。いずれ蔵を継ぐために選んだキャリアでしたが、そのまま東京の流通業界で生きていく道もありました。

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