全2557文字

2006年に上場にこぎ着けたものの、2年目には業績が悪化する。客足が減り、新業態も失敗に終わる。株価は公開時の20分の1ほどの水準まで落ち込んだ。方向性を見失った田中氏の目を覚ましたのは「ユニクロ」の柳井氏による質問攻めだった。

田中 仁[たなか・ひとし]氏
1963年前橋市生まれ。信用金庫勤務などを経て88年ジェイアイエヌ(現ジンズホールディングス)を設立。エプロンやバッグなどの雑貨事業を手掛けていた2001年に「JINS天神店」を福岡市にオープンしアイウエア事業に進出。06年大証ヘラクレス(現ジャスダック)上場、13年東証1部上場。慶応義塾大学大学院政策・メディア研究科修士課程修了。(写真=竹井 俊晴)

 えも言われぬ充実感に浸っていました。2006年8月に大証ヘラクレス(現ジャスダック)に会社を上場させた後のことです。上場に向けた煩雑な手続きから解放されただけでなく、8億6400万円もの資金調達ができました。個人としても株式を少し売却したことで資産を手にしましたし、創業者として社会的信用も得られました。

 でも、どこかで気がゆるみ、また守りの姿勢に入っていたのでしょう。上場直後の07年8月期は売上高も利益も伸ばしたのですが、翌年から急激に業績が悪化しました。

 「追加料金を足すと他社より高い」。いつしか、お客様からこんな声を聞くことが増えていました。眼鏡1本5000円と8000円(いずれも税抜き)のツープライス制でしたが、非球面レンズなど薄型レンズへの付け替えには追加料金をいただいていました。追加料金なしでレンズの付け替えができる仕組みを導入した企業が出始めた中で、対抗策を打ち出せていなかった。

 そこに出店戦略のミスも重なります。「これなら大手もまねできない」「競争のないブルーオーシャンだ」。こんな自信を持って07年後半から始めた新業態がまったく振るわなかったのです。

独りよがりのブルーオーシャン

 店舗数が少なく資金力もない我々は、安さを武器に戦うだけでは厳しいと思っていました。独自の強みは何かと考えて出した結論が、祖業である雑貨事業と眼鏡事業の融合。バッグなどの雑貨を眼鏡と同じ店舗で販売すればスタッフや店舗の数を節約できるし、眼鏡を買いに来たお客様がバッグも一緒に買うといった相乗効果も生み出せると考えたのです。