少年時代から山に焦がれた生粋の山男は、やがて日本を代表する登山用具メーカーをつくり上げた。過酷な環境を生き抜く登山家の経験から覚えたのは「命より大事なものはない」という経営観だった。「自らの幸せが一番」と語り突き進む風変わりな経営者が、幸福に至る“山路”を歩んだ経験を回想する。

辰野 勇(たつの・いさむ)氏
辰野 勇(たつの・いさむ)氏
1947年大阪府堺市生まれ。山ひと筋の青年時代を過ごす。69年にアイガー北壁の登はんに成功し、当時の世界最年少記録を達成。75年にはモンベルを設立し、日本を代表する登山用品メーカーに育てた。米国やスイス、中国など、海外にも店舗展開している。現在はアウトドアスポーツの振興や地域活性化、災害支援活動に取り組む。(写真=菅野 勝男)

 「不屈」と聞いて、どんなイメージが頭に浮かびますか。僕はこの言葉がどうも引っかかる。「窮地に追い込まれたときにも諦めずに頑張る」といったような意味でしょうが、僕はそんなに強くはありません。窮地に追い込まれたら、きっと諦めてしまう。「そんなに無理して頑張らんでもいい」と思っていますからね。

 僕の辞書に不屈という概念はありません。創業後に1、2度は資金繰りに困ったこともありました。ビジネスをしていれば困難にぶつかる場面だってあります。でも、今もこうして商売ができている。振り返れば何てことない出来事だったと思えます。崖っぷちに立たされるような状況になんて、ならないほうがいい。そうならないための経営をしていけばいい。こういう考えを常に持っています。

 これは、山男である性分が関係しているのでしょうね。山には危険がたくさんあり、その危険を承知で山に登るわけです。雨や雪が降ったとき、風が吹いたとき、体調を崩したとき……。様々な条件を想定して山登りに備えなければいけません。

 「今日は天気が悪いから山に登るのは諦めよう」という判断は日常茶飯事。できるだけ、苦境や困難な状況に身を置かないようにする。そうしなければ命に関わりますから。

 山に登らない人から見れば、登山家というのは体力があって勇気があって、「よくあんなことをやるな」というふうに思われるかもしれません。でも、実は山男というのはものすごく怖がりな人間なんですよ。雨が降ったらどうしよう、風が吹いたらどうしようといつも心配している。

 私にとっては会社経営もこれと一緒です。5年後10年後はどうなるだろうといつも心配して、まずい状況にならないように手を打って進めていくだけなのです。

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