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インターネットに魅せられるも、大企業では組織の壁にぶち当たる。行き場を失い、2度目の転職で韓国企業に飛び込んだ。オンラインゲームの市場を舞台に経営者としての第1歩を踏み出した。

森川 亮[もりかわ・あきら]
1967年神奈川県生まれ。89年に筑波大学卒業後、日本テレビ放送網入社。ソニーを経て、2003年にハンゲームジャパン(後のNHN Japan、現LINE)に入社。07年、NHN Japan社長に就任。15年にLINE社長を退任、C Channelを創業し社長に就任。20年5月、C Channelを東京証券取引所TOKYO PRO Marketに上場させる。(写真=的野 弘路)

 私が会社経営に携わり始めたのは2003年。36歳でハンゲームジャパン(現LINE)に転職してからです。

 スタートは不安の連続でした。社長室勤務だと聞いていたのに、いざ入社してみると、スタッフから「そんな部署はありません」とひと言。転職は2度目でしたが、「さすがに選択を誤ったかも」と落ち込んだほどです。

 ためらいがなかったと言えば嘘になります。年収は激減しましたし、友人からは「なんで韓国企業に行くの?」と言われました。実際に離れていった友人もいます。でも、「これがダメなら諦めるしかない」と追い込まれていました。それまでずっと、組織の壁に阻まれ、居場所を求めてさまよってきたからです。

 1989年に筑波大学を卒業し、新卒で日本テレビ放送網に入社しました。配属先は「コンピューターシステム部」。情報工学専攻だったので、会社からすると当然の辞令かもしれません。しかし、コンピューターが苦手でエンターテインメントの道を志して入社した私は、音楽番組の制作を希望していたのです。配属に納得できず、半年ほどふてくされていました。