進学で芽生えた「日本一」の夢

福嶋康博氏とスクウェア・エニックスHDの歩み
福嶋康博氏とスクウェア・エニックスHDの歩み
異業種への挑戦を経てゲームにたどり着く(写真=下段左:共同通信)
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 私は47年に北海道旭川市で生まれました。父は映画館やパチンコ店、質屋などを経営する実業家でした。9歳のころに火事で映画館が全焼し、両親が離婚してからは父と離れて暮らしました。母は映画館の隣にあった自宅を改装して食堂をオープンし、生活の糧を得ていました。両親ともに経営者でしたが、幼い私が起業に憧れることはありませんでした。地元の工業高校に進学後、「卒業したらどこかで働こう」とぼんやり考えていたのです。

 高校2年生のときです。連絡が途絶えていた父から電話があり、大学への進学を勧められました。結果、上京して日本大学理工学部建築学科を卒業しました。東京で私は変わりました。それまで上昇志向が強くなかったのに「どんな分野でもいいから日本一になる」という夢を持つようになったのです。何がきっかけだったのか、今となっては思い出せません。「ビッグになりたい」と声高に語る青年の放言と同じような感情だったのでしょう。マージャンに没頭していて、真面目な学生とは言えませんでしたから(笑)。

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