投資を増やしたタイミングでリーマン・ショックが起こり、28億円の最終赤字を計上。純資産が一時は1億円程度まで減少し、債務超過寸前に追い込まれた。自宅を抵当に入れる状況になって選んだのは、原点である店頭への回帰だった。

松田憲幸[まつだ・のりゆき]
1965年兵庫県生まれ。89年に大阪府立大学工学部数理工学科を卒業し日本IBM入社。93年に独立し、96年にソース(現ソースネクスト)を創業。パソコンソフトを1980円で販売する戦略などで販売本数国内首位に立つ。2012年から米シリコンバレーに移住。米企業との交渉の第一線に立ちつつ経営のかじ取りを担う。(写真=的野 弘路)

 「ネバーギブアップ」。稲盛和夫さんの著書にあった言葉を支えにしながら、あきらめてなるものかと思って立ち向かいました。2009年3月期に約28億円の最終赤字を出して経営危機に陥ったときのことです。

 06年12月に東証マザーズに上場したのは、取引先から「上場企業じゃないと直接取引はできない」と言われたことがきっかけでした。私がよりどころにしていた「社会貢献の原資を大きくするためにはお金を稼いだ方がいい」という考え方に照らしても、会社を大きくするためには当然上場すべきだという結論になりました。

 実はマザーズに上場した当日に「東証1部上場プロジェクト」をつくりました。すごい会社はほとんど1部に上場している。我々もそこには絶対に行かなければいけない。そんな思いから、マザーズ上場記念のパーティーも開かず、1部上場に向けてひた走りました。

 1年半後の08年6月、順調に1部への指定替えができたのですが、今から思えば、1部上場というのはあまりにも分かりやすい目標でした。手段だったはずなのにゴールのようになってしまい、その後に何をするかという目標を定められていなかった。これに加えて、上場の際に資金を調達することの価値を理解していなかったことが後々尾を引くことになります。

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