製品を販売する事業を中核にすると決めてソースネクストを創業。「お金を稼ぐのはいいことだ」という若き日の気づきから生まれた結論だった。周囲とのあつれきを乗り越えて進めたソフトの低価格化戦略で確固たる地位を築いた。

松田憲幸[まつだ・のりゆき]
1965年兵庫県生まれ。89年に大阪府立大学工学部数理工学科を卒業し日本IBM入社。93年に独立し、96年にソース(現ソースネクスト)を創業。パソコンソフトを1980円で販売する戦略などで販売本数国内首位に立つ。2012年から米シリコンバレーに移住。米企業との交渉の第一線に立ちつつ経営のかじ取りを担う。(写真=的野 弘路)

 日本IBMでシステムエンジニア(SE)として働いていた28歳の頃、自分の社会人としての人生観が変わるような気づきがありました。それが自分の価値判断の基軸となり、今でも支えになっています。

 それは、「社会に対する貢献はいいことだ」「社会貢献は大きい方がいい」という気づき。そして社会貢献の原資を増やすためにお金をたくさん稼いだ方がいいという考えに至りました。

 社会貢献というとポーズで言っているのではないかと思われるかもしれませんが、違います。社会に貢献することを悪く言う人はいません。そこから来る「正しいことをしている」という確信が自分のよりどころになるのです。

 この気づきは、自然に生まれてきました。当時は米国の同僚とやり取りする機会が多かったのですが、米国の社員にとって転職は当たり前で、彼らが常に次のステップを考えているのだと知りました。そして、次のステップに行くかどうかの判断基準はお金だと。では自分は何を基準にキャリアを考えていったらいいかと考えたときに、こうした結論にたどり着いたのです。

「製品」を世界に届けたい

 それまでは「世の中では何が善なんだろうか」と模索しているような感じで、お金にもそれほど興味がありませんでした。それが数学の証明問題を解いたときのように、ピタッとはまった感覚がありました。このままSEとして技術を究めても、お金を稼ぐという点では限界がある。そう考えて、会社を辞めることを決めました。

 もともと、普遍的に変わらない法則のようなものを見つけて、そこに注力するタイプです。やるべきことを絞り込むのが大好きなんです。例えば大学時代には、ある教授が「これからは英語とコンピューターだ」と言っていたのを聞いて妙に納得し、英会話学校での学習にひたすら時間を割きました。きっかけは詐欺まがいの勧誘に引っかかって100万円という高額な教材を契約してしまったことでしたが(笑)。高い金を出す羽目になったのだから外国人といつでも話せるフリートークの時間で元を取ってやろうと、1000時間以上も通い詰めました。

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