米国で2004年に、ADNI(アドニ)という名称の、アルツハイマー病の大規模な臨床研究が始まった。患者の脳画像や血液を集めてデータを共有するもので、早期からの進行状況の把握などにつながった。岩坪教授は、産官学を交えて07年に始まった“日本版ADNI”(J­­-ADNI)の研究代表者を務めた。

岩坪威(いわつぼ・たけし)氏
岩坪威(いわつぼ・たけし)氏
1984年東京大学医学部卒業、92年薬学部機能病態学教室(寄付講座)客員助教授、98年大学院薬学系研究科臨床薬学教室教授、2007年医学系研究科神経病理学分野教授(現職)。07年に始まったJ-ADNIの主任研究者。20年国立精神・神経医療研究センター神経研究所所長(兼務)。同年から日本認知症学会の理事長。(写真=的野 弘路)

 東京大学の薬学部でポストを得る前、米ペンシルベニア大学のジョン・トロジャノフスキーという病理学の教授の研究室に留学しようと考えていた時期があります。留学はかないませんでしたが、ヒトの脳検体をたくさん収集しておられたので、国際共同研究を長く行いました。

 2004年にアルツハイマー病の国際学会が開催されたときに教授の研究室を訪ねると、熱に浮かされたように「ADNI」「ADNI」と言っていました。「ものすごいことが全米で動き出す。実現したら、認知症を発症する前の段階から認知機能がどのように落ちていくのかが分かる。磁気共鳴画像装置(MRI)や陽電子放射断層撮影(PET)の画像がどう変化していくか、脳脊髄液や血液の中のどの指標が診断に使えるのかも分かる」。そう言われてもよく分からず、「へえ?」という感じでした。

 21世紀に入った頃には、「治療薬の実現には、それを評価するプラットフォームが必要だ」というコンセンサスが、全米のアルツハイマー病研究者の間にできていたのです。研究者が一丸となり、米国立衛生研究所(NIH)がお金を出して、製薬企業や画像診断装置の会社も参画する。いわゆる非競争領域で官民が連携してデータなどを共有する「パブリック・プライベート・パートナーシップ(PPP)」の先駆けといえる動きだったのですね。

 日本に帰って調べる中で、治療薬をつくるには欠かせない取り組みだと思うようになりました。「薬を使わない治験」を大規模に行うようなものです。今後、治療薬の治験をする際のインフラをつくる意味でも大きな意義があると思ったのです。

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