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出す店のほとんどが業績を伸ばし、「ココイチ」は着々と店舗網を広げていった。価格競争にくみせず、立地にも依存せず、特別な味も求めない。それでも成功したのは、顧客の心をがっちりつかむ数々の「仕組み」があったからだ。

ココイチ宗次德二氏(1)「教科書はお客様」で世界一に
ココイチ宗次德二氏(2)ハードワークは社長の「特権」
ココイチ宗次德二氏(3)「800勝2敗」を実現した仕組み
ココイチ宗次德二氏(4)「日本一の事業承継」はなぜできた?

宗次 德二 [むねつぐ・とくじ]
1948年に石川県で生まれ、児童養護施設に預けられる。67年に愛知県立小牧高校を卒業。八洲開発、大和ハウス工業を経て、73年に岩倉沿線土地を設立。78年にカレーハウスCoCo壱番屋を立ち上げ、82年に壱番屋を設立。2002年に経営から離れる。03年にNPO法人を設立し、私財を投じてクラシック音楽の普及や演奏家の支援に尽力する。
(写真=森田 直希)

 私が2002年に壱番屋の会長を退任するまでに出したおよそ800店のうち、在任中に業績不振で閉じたのは2店だけです。つまり800勝2敗ということになりますかね。なぜ私たちにそんなことができたのかお話しします。

 1978年に「カレーハウスCoCo壱番屋」の1号店を愛知県清須市に出しました。74年に開いた喫茶店「バッカス」の出前サービスで、妻の直美が作ったカレーが飛ぶように売れたのがきっかけです。市販のルーに調味料とスパイスを加えて何種類ものカレーを試作して、従業員と一緒に食べ比べてみんながおいしいと思うレシピにしました。目指したのは、万人受けして、食べ飽きない「家庭の味」です。

日経ビジネス2020年4月13日号 72~73ページより目次