「いつもの〈きばいやんせ〉の前割りです」

 ロックグラスの下には小皿が添えられている。なみなみと注がれた焼酎に口をつけると、河田が満面の笑みを浮かべた。

「これで口が滑らかになる。さて、いなほ銀行のようなメガバンク、それに仙台あけぼののような中小銀行に共通しているものがある。なんだかわかるか?」

「銀行の免許を持っている、預金を集めて企業に融資する、そんなところでしょうか」

「正解だが、今回の本題と少し違う」

 もう一口、河田が前割りを飲んで言葉を継いだ。

「民間銀行とはいえ、一企業だ。日々、資金繰りをしている」

「それは顧客から回収し、業者に支払うとか、カネが足りない云々という意味ですか?」

「そうだ。銀行といえども決済に1円でも足りなければ破綻する」

 破綻という言葉を聞き、子供の頃に見た大手銀行のニュース映像が脳裏をよぎった。髪をポマードで固めた頭取らが目に涙を浮かべ、謝罪会見を行った。銀行の窓口に多数の預金者が押しかける報道写真も目にした。

「金持ちの知り合いがいてな、衝動買いでクルーザーを契約した。現金主義のおっさんだから取引銀行の支店に行き、5億円をキャッシュで用意しろって言ったことがある」

 突然、河田が話を変えた。

「豪勢というか、お金持ちのお知り合いですね」

 池内が合いの手を入れると、河田が睨んだ。

「わかりやすく説明するためだ。別に落語を聞かせているわけじゃない」

 河田が咳払いした。

「メガバンクでも普通の支店、例えば高田馬場や目白あたりでいきなり来店して5億出せと言っても、対応できる店はないに等しい」

「なぜですか? 大手なら支店の金庫に堆(うずたか)く札束が積まれているはずでは?」

 河田が強く首を振った。

「支店の金庫に5億積んでいても一銭の得にもならんし、なにも生み出さない。いくら低金利の時代とはいえ、カネを遊ばせている。これは銀行マンが一番嫌う行為だ」

「遊ばせないとは?」

「融資で金利を稼ぐほかは、短期金融市場で運用する。さっきも言ったが、短期市場は銀行や証券、保険会社など大手の金融機関が日々のカネをやりとりする。つまり資金繰りだ」

 河田が箸立ての横から紙ナプキンを取り出し、ボールペンでなにか描き始めた。

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