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前回までのあらすじ

 金融コンサルタントの古賀遼は日銀OBの南雲壮吉から、米FRB議長が重要な情報を記録したUSBメモリを財務大臣の磯田一郎に渡すよう託される。

 月刊誌の経済担当記者、池内貴弘は仙台あけぼの銀行の千葉朱美が自殺した背景を調べ始め、地方銀行が抱える深い闇に近づいていく。

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(7)

 午後7時32分、約束の時刻を2分過ぎた。左手のデジタル時計に目をやったあと、古賀は100メートル先にある薄明かりを見つめた。

 先ほどから3、4台のミニバンや軽自動車が日比谷公園下の駐車場に滑り降りてきたが、肝心の車両は来ない。

 記録的猛暑と大型台風の襲来を経て過酷な夏が終わり、東京は一際秋の気配が濃くなった。地上の巨大公園は上着を羽織れば十分だが、地下スペースは空気が乾き、肌寒さを感じる。

 古賀がもう一度腕時計を見やったとき、入場ゲートのバーが開いた。黒い大型セダンが加速し、あっという間に古賀の傍らに停車した。黒いセダンの後方には、グレーのセダンがぴったりと張り付いている。大型セダンの後部窓が音もなく降りると、嗄れた声が聞こえた。

 「待たせたな、乗れよ」

 古賀がセダンに歩み寄ると、助手席から顔なじみの秘書が降り立ち、後部座席のドアを開けた。

 「失礼します」

 古賀が革張りのシートに座ると、ゆっくり大型セダンが走り出す。アクセルワークが巧みなのだろう。トランスミッションの変速ショックがほとんどなく、セダンは滑らかに駐車場の通路を上り、内堀通りに出た。お堀端の巨大なビル群のライトがセダンの漆黒のボディに反射する。

 「後ろの連中にはトイレに行ったと伝えておけ。客を乗せたのは絶対にメモするなと」

 隣席で磯田財務相が指示すると、秘書がすぐさまスマホで後方車のSPに連絡した。

 「メモとはなんですか?」

 「連中の決まりでな。閣僚の行動を24時間記録し、それを総理担当SPに伝える。古賀を箱乗りさせたなんて知ったら、芦原が妬くだろう」

 わざと苦みばしった表情を見せたあと、磯田が弾けたように笑った。

日経ビジネス2019年12月23日・30日号 74~77ページより目次