前回までのあらすじ
月刊誌記者の池内貴弘は、故郷の銀行に勤めるかつての女友達、千葉朱美が東京で営業していることに不審を抱き、取材を始める。メガバンク行員の黒崎智は朱美の銀行を“ハイエナ”と語る。金融コンサルタントの古賀遼の元には若い官僚が訪れ、リスクの高い金融商品を抱える地銀の内情を尋ねる。
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(12)
「シンデレラアパートの一件は知っているか?」
「シェアハウスだよな」
黒崎は箸立ての横にある紙ナプキンを取り上げ、テーブルに広げた。
〈東遠州銀行〉→〈シンデレラアパート〉
ボールペンで太い文字を刻むと、黒崎が顔を上げた。
「東遠州銀行は静岡の地銀で、早い段階から個人向け取引に特化した」
黒崎は銀行名の横に個人向けと加えた。
「だが、住宅ローン市場は飽和状態で、メガバンクや地域のナンバーワン地銀に歯が立たない。そこで新規でマーケットを作り出した」
「それがシェアハウスだな」
黒崎はシンデレラの文字の横にインチキと書き加えた。
「シェアハウスを展開するデベロッパーが個人から金を巻き上げ、儲かるからとシェアハウスを建てさせた。だが内実は悪質な詐欺だ。そこに積極的に融資の形で加担したのが東遠州だ」
若い男女が集うシェアハウスのドラマがヒットしたこともあり、女性専用を売りにしたシンデレラアパートは個人投資家の金を集めやすかったという。
「蓋を開けてみれば、極小部屋で安普請、駅から遠い物件ばかりが出来上がった。当然入居者は増えず、空室だらけになったオーナーたちは大赤字だ」
週刊新時代の特集記事を斜め読みした記憶が蘇る。頭金ゼロ、手軽な資産運用と銘打ったビジネスモデルは、結局個人が食い物にされるお決まりのパターンで行き詰まった。他にも同じような内容で個人の金を巻き上げた業者の存在があったため、叔母が心配になって池内に連絡を入れたのだ。
「それで、なぜ仙台の銀行が東京に?」
「東遠州は詐欺同然と知りながらシンデレラの運営会社に融資をつけた。いや、行員自身が預金残高証明書の改ざんまでやってのけた。これが金融庁から大目玉をくらい、経営破綻間際、つまり取り付け寸前の騒動になった」
取り付けという言葉を聞き、ようやく話がつながった。
「借り換えの需要が出たからわざわざ乗り込んできた、そういうわけだな」
「まあな。でも、叔母さんのところに新規でマンション建てろ、融資するっていうセールスはちょっと強引かもな」
顔をしかめたまま、黒崎が言った。
「なぜだ?」
「あのエリアは大学がたくさんあり、人気の街だから元々賃貸物件が多い。そりゃ新築だったら人気が出て一時的に満室になるかもしれない。だが、今の駐車場で十分暮らしていけるんだろう?」
「万が一に備えて、叔母はそんなことを言っていた」
「そういう不安につけ込んで商売するからハイエナなんだ」
唾棄するような口調を聞いた途端、一昨日、肩を強張らせ、俯いた千葉の姿が浮かんだ。
「周囲の賃貸物件の状況説明を担当者はしたのか?」
黒崎によれば、シンデレラアパートのような悪質なケースはレアだとしても、相続税対策と称して地主や富裕層にアパートやマンションを建てさせる動きが広がり、首都圏の市場は飽和状態だという。
「つまり、空室が出始めた途端にオーナーの首を絞めるようなことが始まる。吉祥寺の場合、土地が自分名義だからまだ良い方で、頭金なしで投資を始めた連中なんて、にっちもさっちもいかなくなり、自己破産するケースも多発している」
たしかに、池内が住む高田馬場エリアでも新築のアパートやマンションが増えている。私立の西北大学のほか専門学校がたくさんあり、賃貸物件の需要が常に多いエリアだが、駅に向かう道筋には〈空室〉の札がかかった物件がいくつもある。要するに建てすぎの反動だ。
千葉は地元のツテをたどり、叔母に無理な投資を促そうとした。しかも叔母の不安につけ込むような手口だ。セカンドオピニオンという言葉に鋭く反応したのは、痛い所を突かれたからだ。
「仙台でもマンションの需要はあると思う、そう言ったら完全に様子がおかしくなった」
「あそこは地元地銀の一強だからな」
池内の同級生たちがたくさん就職した老舗地銀の名を黒崎が告げる。
「東遠州のビジネスモデルが行き詰まって以降、屍肉を漁る地銀や第二地銀が首都圏に攻勢をかけている。その一環として、叔母さんの土地が狙われた。あの手この手でセールスをかけ、融資の実績を作りたい営業マンはたくさんいる」
「助かったよ」
テーブルに両手を突き、池内は頭を下げた。
「なぜ叔父さんは止めなかった?」
なんども吉祥寺の家に出入りしたことのある黒崎が言った。
「定年退職後ベトナムに渡った。優秀なエンジニアだから、現地企業の顧問になっている」
「強面(こわもて)のいない隙を狙われたわけだ」
「甥として面目ない。クロがいて助かった」
池内の言葉に黒崎が苦笑した。
「メガバンクの看板下げているが、ウチだって他人様のことをどうこう言えない。詐欺みたいな商売をしている」
「どういうことだ?」
「大企業の設備投資意欲が弱いから、大口融資が決まらない。他行との競争も激しいから、たとえ融資案件が決まっても金利のダンピングで結局は収益を生まない。そもそも大手企業は証券市場で直接資金を調達できるしな」
「直接調達?」
「社債を発行して投資家に売るのさ。融資よりも低コストだ。中堅中小企業向けの融資は焦げ付きリスクが比較的高いから、安易に貸し出すわけにもいかない」
「それで、いったいどんな点が詐欺なんだ?」
「個人の預金を集めても、たかが知れている。だから手数料で稼ぐのさ。ひと昔前の証券会社顔負けのぼったくりだ」
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