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前回までのあらすじ

 月刊誌記者の池内貴弘は、高校時代の交際相手で故郷・仙台の地銀に勤める千葉朱美が、都内に住む池内の叔母に融資の営業に訪れたことに違和感を覚える。旧知の経済ジャーナリストは「その銀行には日本の膿が凝縮されている、取材しろ」とアドバイスする。朱美に会った池内の疑念は深まった。

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(10)

 〈ちょっと失礼します〉

 セカンドオピニオンと告げた直後から、千葉の態度に明らかな異変が生じた。肩を強張らせ、忙(せわ)しなくハンドバッグの中身を確認し、額に浮かんだ汗を拭う。最後にはスマホを手にソファから立ち上がった。

 〈緊急の連絡です〉

 2、3分後に戻ってきた千葉の顔面は蒼白だった。仙台の顧客との間で問題が起きたと消え入りそうな声で告げた。

 〈上司の命令で仙台に戻らねばならなくなりました。本当にごめんなさい〉

 テーブルの上の伝票をひったくるように取り上げると、千葉は足早にレジへと向かい、振り向くことなくホテルを後にした。

 「おい、カルビが焦げるぞ」

 煙の向こう側で野太い声が響き、池内は我に返った。

 「悪い、ちょっと考えごとをしていた」

 「もったいないから、俺が食う」

 焦げ始めたカルビを箸でつかむと、黒崎智(くろさき・さとし)が大盛りの白米の上にタレをたっぷりと染み込ませ、肉と一緒にかき込んだ。

 「クロ、相変わらずよく食うな。よかったらビールはどうだ?」

 「さすがにランチではまずい。時代遅れのバカな組織なんで、酒には厳しい」

 経済学部で同期だった黒崎は4年前に結婚し、すっかり嫁の尻に敷かれていると自嘲気味に言った。大学時代にインカレで名ボランチだった面影は微塵もなく、中年太りの銀行マンへと変貌した。

 丸の内の商業ビルの高層階、イタリアンや中華料理の有名テナントが並ぶフロアで焼肉屋に入った。カルビとレバーを相次いで焼き、テールスープとともに口へ流し込んだ黒崎がようやく箸を置いた。

日経ビジネス2019年11月11日号 66~69ページより目次