月刊誌記者の池内貴弘は、日本が低金利政策を導入した裏に、金融コンサルタント古賀遼の暗躍があったことを知る。日銀OBの南雲壮吉から、日銀OBらがまとめた財政再建の提言書を渡された池内は、編集長の小松勝雄の指示の下、社を挙げて、この動きを報道しようとする。
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目の前の磯田が眉根を寄せ、葉巻の煙を天井に吐き出した。革張りソファの肘掛にある左手、5本の指が忙しなく動いている。相当に機嫌が悪い。古賀は身構えた。
「また板挟みだよ、まったく、たまらんぞ」
「ご心痛、お察し申し上げます」
「どいつもこいつも年寄りをこき使いやがって」
2、3口葉巻をふかすと、磯田はサイドテーブルにある灰皿に押しつけた。その後も天井を睨んだまま言葉を発しない。古賀は磯田の次の言葉を待った。
4月初旬、新型ウイルスの蔓延に歯止めが掛からず、政府は遂に緊急事態宣言を発出した。都道府県をまたぐ不要不急の移動自粛のほか、飲食店が軒並み休業に追い込まれ、世界でも有数の大都市東京は、季節外れの冬眠に入ったように静まり返った。
週末の午後、神保町の事務所で経理処理をしていると、磯田の私設秘書から電話が入った。夜9時半に松濤の私邸に来て欲しいとの要請だった。以前訪れたときと同じように、山手通り近くの高級イタリア車ディーラーの前で待っていると、銀座の有名テーラーの名入りのバンが停車した。助手席には私設秘書がいた。裏口から磯田の広大な私邸に入り、5分ほど前に書斎へと通された。
磯田はいつものスリーピースではなく、チェック柄のブレザーだ。
「悪いな、来てもらった早々に愚痴を聞かせちまって。緊急事態宣言は致し方ないとして、補償やら給付金の財源をどうするかで官邸と役所が盛大な綱引き合戦だ」
磯田が苦笑いした。
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