前回までのあらすじ

 南雲壮吉ら、日銀OBによる金融危機に対する提言書を読んだ月刊言論構想編集長の小松勝雄は、同じ会社から出ている週刊新時代と共同で世に出そうと計画する。一方、新型ウイルスの広がりに対応するため、政府は経済対策を講じ、財政状況はさらに深刻になっていた。

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 「こちらでございます」

 細身のスーツを着たホテルマンに誘導され、池内は地下駐車場から業者搬入口、そして厨房横のスタッフ専用通路を通り、宴会用コンテナを運ぶエレベーターに乗り込んだ。壁一面にアルミ板が打ち付けてある特殊な構造だ。

 「お手数おかけします」

 「いえいえ、お客さまのためですから。皆さま、先にお部屋にご案内しております」

 エレベーターが20階で止まった。ホテルマンに導かれ、エレベーターホールから宴会場脇の通路を抜け、客室のあるホールに出た。ホテルマンは時折振り返りながらえんじ色のカーペットを進む。

 「こちらでございます」

 ホテルマンが〈2031〉の部屋の前で立ち止まり、ドア脇のベルを押した。するとドアが内側から開き、小松が顔を見せた。

 「お待たせしました」

 「見られていないな?」

 「ええ、客の目に触れない通路を案内してもらいました」

 小松がチェーンロックを外した。池内はホテルマンに会釈して部屋に足を踏み入れた。

 大きな窓越しに皇居と周辺の緑が見えた。窓際の応接には南雲が肩を強張らせて座っていた。

 「お待ちしておりました」

 南雲が立ち上がり、右手を差し出したがすぐに引っ込めた。

 「時節柄、握手は禁物でしたね」

 「ええ、なんだか変ですよね」

 池内は笑みを浮かべ、南雲に席を促した。

 「随分と厳重なサービスですね。張り番経験者としては少し複雑です」

 緊張した面持ちの南雲を和ませようと、池内は小松に顔を向け、軽口を叩いた。

 「誤解なきように。あれはウエディング向けの仕掛けです」

 小松によれば、都心の高級ホテルは特別なおもてなしプランで若いカップルを祝福し、評判を呼んでいるという。吉日には1日10組が祝宴を開くが、それぞれの夫婦に特別に満足感を味わってもらうための仕掛けだと小松が明かした。