前回までのあらすじ

 月刊言論構想記者の池内貴弘は日銀OBの南雲壮吉から、金融危機に警鐘を鳴らす提言書を受け取り、報道に向けて動く。金融コンサルタントの古賀遼は金融官僚の江沢丈から、新型ウイルスの感染拡大の影響で、地方銀行の頼みの綱の住宅ローンが焦げ付き始めていることを知る。

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 本社15階の窓から見下ろすと、靖国通りを行き交う車が目に見えて少なくなっていた。地下鉄の出口から日本武道館や千鳥ヶ淵方向へと続く桜並木の周辺は、例年なら多くの花見客でごった返す。だが、歩道には数えるほどしか人がいない。

 池内は両手を会議室の天井に突き上げ、ストレッチを始めた。異例ずくめの春だった。世間では年度末の歓送迎会や卒業式が中止となり、満員電車という概念が消えた。新型ウイルスがあっという間に世界中に蔓延した結果だ。

 自宅で仕事をこなすリモートワークが推奨され、東京中のビジネス街から人の姿がなくなった。人混みを避けるよう強い要請が国から発せられ、会社近くの花見の名所もゴーストタウン化した。

 特効薬はおろかワクチンの目処も立たない中、新型ウイルスは猛烈な勢いで拡散を続け、日本だけでなく世界中の人々が息を殺しての生活を強いられた。

 肩を回し、がらんとした会議室の机を見やる。細長い折り畳み机には池内のノートパソコンと小型プリンター、そして分厚いファイルがいくつも積み上げられている。新型ウイルスの前になす術を失ったビジネス街にあっても、締め切りは容赦無く訪れる。

 南雲と会った翌日、編集長の小松に顛末を報告した。

 南雲ら日銀の有力OB10名が名を連ね、異様な状態に陥った日銀の金融政策を正常化させる提言をまとめたことを報告した。

 〈南雲氏のほか、他の有力メンバーにも会いました。決意は本物です。彼らは職を賭してでも日本経済を立て直すよう様々な発言をオフィシャルに展開します〉

 小松には南雲から受け取った提言書のコピーも見せた。

 〈日銀マンらしい愚直かつストレートな提言、いやこれは過激な告発ですね〉

 小松は書類を一読した直後、スマホで週刊新時代の高津編集長を会議室に呼び出した。池内は改めて南雲らが抱く危機感をストレートに反映した告発を掲載する意義はあると提案した。

 〈乗った。官邸が中立を厳守すべき金融政策をおもちゃにした証拠だ。ガンガンやろう〉

 高津は即座に編集部から堀田を呼び出し、月刊言論構想と週刊新時代という会社の2大看板雑誌が共同戦線を張ることになった。インフルエンザの療養から復帰した堀田はマスク姿で、体重が5キロほど減ったと語った。インフルダイエットも悪くない、堀田はサイズ感が変わったパーカーを指して嘯いた。

 それぞれの媒体で中核となる書き手兼編集者が池内、そして堀田だ。