日本の金融を立て直そうと、日銀のクーデター計画に加担していた南雲壮吉は、月刊誌記者の池内貴弘に、金融政策の決定の裏で起きたことを知る人物として、西北大学教授の青山ゆかりを紹介する。青山に会った池内は、金融コンサルタントの古賀遼がここでも暗躍していたことを知る。
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「形骸化したとはいえ、政治からの独立は絶対に侵してはいけない一線です。それも一国の金融政策を決める採決ですよ」
膝に置いた拳を握りしめ、池内は言った。
「審議委員になった直後、私もそんな意気込みを持っていた。当時は緑川総裁よ。彼は公の場のみならず、懇親の席でなんども独立性の重要性について力説された」
緑川という名を聞き、眉毛の下がった男性の顔が浮かんだ。堅物でマスコミ受けが悪く、国会での答弁も巧みとは言えなかった。
「超が付くほど生真面目な方だとうかがいました」
「そうよ。趣味がセントラルバンキングって真面目な顔で言う人。唯一の息抜きがプロ棋士も悩むレベルの詰将棋なの。つまり、いつも理詰めで物事を考え、それを仕事で実践してきた人。緑川さんのような日銀マンたちが、今まで私たちの生活を守ってくれていた」
青山はスーツのポケットから小さな財布を取り出し、折り畳まれた1万円札を机の上に置いた。
「池内さん、これはいくら?」
丁寧に紙幣の皺を伸ばしながら、青山が言った。長く細い指が福澤諭吉の顔をなんどもさする。
「1万円札ですから、1万円です」
青山が即座に首を振った。
「意図をわかってもらえなかったようね。ご指摘の通りこれは1万円札。コンビニや百貨店に行けば、サンドイッチやコーラ、スニーカーとか欲しい品物を1万円分買えるわ」
青山が池内の理解度を探るように顔を覗き込んできた。
「当たり前すぎて、誰も考えないけど、1 万円札を刷るときにコストがかかっているわけ」
「あ、そうですよね」
池内は福澤諭吉の顔を凝視した。
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