前回までのあらすじ

 世界で新型ウイルスによる感染症が広がり始め、株価が大きく下落。経済への悪影響が拡大していく。月刊誌記者の池内貴弘は、日銀のクーデター計画の取材を続けるが、不倫で辞めた副総裁の後任人事は決まらないままだった。米国では、大統領がドル安誘導のカードを切った。

前回を読むには、こちらをクリックしてください

(3)

 〈古賀さん、恩に着ると磯田が申しておりました〉

 「たまたま情報が入っただけです。大臣によろしくお伝えください」

 〈別の秘書が役所や関係方面に電話を入れております。これから磯田は赤間日銀総裁と緊急協議を始めるようです〉

 電話口の私設秘書の声がかすかに震えていた。古賀の報せがそれだけインパクトを与えたのだ。丁重に挨拶したのち古賀は電話を切り、執務机に戻った。

 「失礼いたしました」

 〈大臣にはつながりましたか?〉

 パソコン画面上の大林が言った。口元は笑みをたたえているが、両目は笑っていない。

 「これから財務省と日銀が緊急協議を行うようです」

 磯田の名を出さぬよう古賀は遠回しに礼を言った。インターネット回線を通じ、海の向こう側にいる大林が意を汲んでくれたようで、ゆっくりと頷いた。

 〈我々の大先輩は、商売上の人間関係をなにより重視するよう常々言っていました。身勝手、思いつきで動くボスの発言が日米同盟に悪影響を及ぼさぬよう、心を砕いていたようです。連絡がお役に立てたようでなによりです〉

 画面越しの大林を見て、古賀は改めてヘルマンに所属する金融マンの凄みを感じた。かつて不良債権飛ばしのビジネスを活発化させた頃、古賀はどこか後ろめたい気持ちを抱き続けてきた。バブル経済の崩壊、財テクビジネスの終焉、銀行や証券会社の経営難……ビジネス上の追い風が強まり、面白いように手数料収入が増える一方で、いつも不安を抱えていた。一匹狼で後ろ盾がない、新規参入したブローカーに刺される、規制当局の影……週になんども悪夢に苦しめられた。そんなタイミングでも、ヘルマンのスタッフたちは強気を貫いた。高額のフィーで雇った何人もの金融専門の弁護士たちから〈違法性なし〉のお墨付きを得て〈仮に裁判になってもグレーなら絶対勝てる〉という方針の下、扱いを増やし続けたのだ。

 発足直後の金融監督庁が忍び寄る気配を感じれば、他の業者を先に襲わせるという手の込んだこともした。この間、何人ものヘルマンの担当者たちは、今目の前のモニターにいる大林と同様、自信たっぷりだった。

 〈一層のドル安こそ米国の産業界、労働者を守る最良の方策だ。以上、ありがとう〉

 大林の画面の横では、全世界に同時中継されたスペンサー米大統領の会見が終わった。右手で敬礼し、一方的に会見を打ち切ったスペンサーに対し、何人もの記者が立ち上がり、質問を浴びせた。いつものようにスペンサーは聞く耳を持たず、さっさと会見室を後にした。