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前回までのあらすじ

 月刊誌記者の池内貴弘は金融業界の取材を続けるうち、日本銀行のOBらによるクーデターの情報をつかむ。池内は、金融コンサルタントの古賀遼にその事実を告げる。古賀は副総理の磯田一郎に報告。磯田の命を受け、計画をつぶしにかかる。そんな中、世界で新型ウイルスが広がる。

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〔最終章・無間(むげん)〕(1)

 九段下の編集部でメモを整理していると、池内のスマホが震え、メッセージの着信を報せた。画面には丸顔で無精髭のアイコンがある。堀田からだ。

 〈なにか成果はあったのか?〉

 〈特段報告するような成果はありません。お加減はいかがですか?〉

 フリック入力で素早く返信する。

 〈ようやく病院のメシが流動食から固形物になった。今は脂ギタギタ、野菜とニンニク増し増しのラーメン食いたいよ〉

 メッセージの末尾に、丼の絵文字が点滅した。

 〈あと少しの辛抱です。治療に専念してください〉

 〈わかってるよ。ちゃんと取材しろよ〉

 荒っぽい言葉のあとにサムズアップのスタンプが点滅した。

 スマホを置くと、池内はため息を吐いた。取材メモをランダムに書き込んだ画面を見ると、気が滅入る。

 麻布十番で日銀OBたちを追跡した晩から2週間経過した。ほとんど成果のない中、あと1時間ほどで2月最後の日を迎える。

 あの晩の追尾途中、堀田が激しく咳き込んだ。空咳にしては様子がおかしかった。元々気管支が弱いと言っていたこともあり、元幹部たちを追うのを断念し、堀田を会社指定の中規模病院に担ぎ込んだ。

 熱を測ると38.8℃もあった。念のためと当直の医師が検査すると、堀田はインフルエンザA型に感染していた。著名人を追いかける張り番の連続に加え、北海道と東京の往復取材による過労も加わり、重症化が懸念されたため、緊急入院が決まった。

 1人暮らしで東京に身寄りのない堀田のため、荻窪の安アパートまで身の回りの物を取りに行き、コンビニで下着の類いを買い、差し入れした。池内が一息ついたときは周囲が明るくなっていた。

日経ビジネス2020年8月3日号 66~69ページより目次