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前回までのあらすじ

 副総理の磯田一郎から日銀内のクーデター計画の対処を託された金融コンサルタントの古賀遼は、中心人物の1人、南雲壮吉に会う。日本の異常な金融の状態を是正したい義憤からの行動だったが、古賀は磯田の怒りを伝える。月刊誌記者の池内貴弘は、クーデタ―計画を追い続ける。

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(14)

 「おまえ、チョコ何個もらった?」

 「会社の受付のおばちゃんと居酒屋の女将、計2個です」

 「お互い本命チョコはなしか。まあ、こんな生活してりゃ、当たり前か」

 堀田がミニバンのハンドルに体を預け、ため息を吐いた。だが、猟師のような鋭い視線は、フロントガラスの先を睨んだままだ。このところ、堀田はマスクを着用している。口元が見えない分だけ、目つきの鋭さが際立つ。

 「出てこないですね」

 「張り番はこんなもんだ。おまえも知っているだろう」

 「ええ、最近成果がないんで、時間が長く感じられて」

 池内もため息を吐いた。

 麻布十番のコインパーキングに会社のミニバンを停めてから、3時間が経過した。フロントガラスの先には、会員制割烹の暖簾と格子戸が見える。

 瀬戸口が辞任してから、日銀の副総裁ポストは1カ月以上空席状態が続いた。幸い、世界や日本の金融市場で波乱はなく、先月、日銀の最高意思決定機関である政策委員会による、金融政策決定会合も通常通り開催された。会合では、物価の上昇がみられない旨が追認され、いつものように〈政策の現状維持〉が決まった。主要なメディアはすべてベタ記事扱いだった。

 日銀のスキャンダルは世間の関心をなくし、後任選びの観測記事も途絶えた。しかし、池内と堀田は取材を続けた。新時代にタレコミした南雲を中心に、日銀の現執行部に批判的な日銀OBの動向を追った。

 2人で手分けして、社の書庫から経済誌や一般紙のスクラップを漁った。同時に、SNSでも検索をかけ続け、舌鋒鋭く金融政策を批判するOB3名を抽出した。

 今、フロントガラスの先の割烹には、その3名が入っている。1人は日銀退職後にシンクタンクの理事長となり、もう1人は私大の教授、最後の1人は外資系の大手コンサルティング会社の日本法人ナンバー2となった。

日経ビジネス2020年7月20日・27日号 60~63ページより目次