前回までのあらすじ

 月刊誌記者の池内貴弘は行内不倫で辞任した日銀副総裁の後任人事を取材するうち、スキャンダル報道の裏に、日銀OBの動きがあることに気づく。一方、政財界の「掃除屋」と呼ばれる金融コンサルタントの古賀遼は、副総理の磯田一郎から、日銀副総裁候補者の身体検査を依頼された。

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 〈東京大学経済学部卒業後、米ハーバード大学大学院に留学……〉

 磯田から手渡された資料を古賀は凝視した。新たな日銀副総裁候補として検討が始まっているのは、リフレ派としてかねてから知られた2人の経済学者だった。

 1人は有名私大大学院の教授、もう1人の教授は現在米国の大学で教鞭をとっている。古賀自身、日本実業新聞や経済専門誌でなんども2人の論文やインタビュー記事を読んだ。

 数日前、日銀OBの南雲が事務所に立ち寄った。南雲が所属する大手電機メーカー系シンクタンクのトップなど、有力なOBたちが後任選びのタイミングに合わせて蠢(うごめ)いているという。瀬戸口の辞任後、主要メディアは相次いで後任候補の予想記事を出したが、今手元にある2人の候補者はその全てに名前が出ていた人物で、意外感はない。いや、非常時だからこそ、順当な候補者を政府と日銀が探してきたともいえる。

 身体検査ならば、まずは財務省の外局に当たる国税庁が最も適任だ。国民一人ひとり、そして企業の帳簿をすべて把握する役所だからだ。永田町では、組閣の際に同庁が金銭面での身体検査を担うケースが多いという。この話はかつて芦原総理の秘書から直接聞いた。芦原のキモ煎りで日銀入りした瀬戸口が辞任に追い込まれたので、古賀のような裏の金融分野に顔が利く人間にも話を振り、念入りに調べを行うのだと磯田が説明した。

 「それで、どのくらいでやれる?」

 磯田の声に、古賀は顔を上げた。

 「3、4日、いえ、2、3日のうちには」

 「そうか、なるべく早く頼むな」

 「はい」

 「ちなみに、どんな業者を使うつもりだ?」

 磯田が身を乗り出した。

 「証券金融とか、ノンバンクになります」

 証券金融は、株式投資で個人が信用取引の資金を用立てる業者だ。学者というお堅い仕事をしていても、カネの面も品行方正とは限らない。女性問題などは別途興信所などを使うのだろうが、カネの問題はいくつか抜け道がある。

 ハイリスク・ハイリターンの株式の信用取引にはまった学者を何人か知っていた。古賀が準大手証券の支店勤務だった頃も、土地屋敷を失うまで信用取引という名の危険な博打を続けた著名な物理学者がいた。自らの数式を取引に当てはめ、理論が正しいことを証明すると嘯(うそぶ)き、有り金全てを溶かした。表に出せない金を用立てるため、小口の証券金融業者を裏口から使うよう指示した外交員さえいた。