日銀の副総裁が行内不倫で辞任し、日銀の体質を問う声が上がり始める。月刊誌の経済担当の記者、池内貴弘は後任人事の取材のため、元日銀マンの南雲壮吉に会う。会社に戻り、南雲に聞いた元副総裁の不倫の情報を何気なく口にすると、会社のカメラマンの堀田がいきなり憤った。

(6)
「ちょっと、離してくださいよ」
池内は胸元にある堀田の手首をつかんだ。
「だから、その話を誰に聞いたんだよ?」
堀田のこめかみに幾筋も血管が浮き出し、両目が充血していた。大きな丸顔がさらに池内の鼻先に近づき、ニンニクダレの臭いが鼻先に漂う。
「ちゃんと話しますから、手を離してください」
むせながら池内が言うと、堀田がようやく手を離した。
池内は周囲を見回した。2、3人が好奇の目を向けていたが、動じる様子はない。編集方針をめぐってしばしば社内で小競り合いが起こるので、見慣れているのだ。
「悪い、あまりにもリアルだったからな」
辞任した瀬戸口前副総裁と秘書は人目もはばからず、エレベーターでいちゃついていた……南雲から聞いた話を池内は口にした。だが、その一言で堀田は激高した。
「取材で会ったばかりの人物です。直接目撃したようでした」
「それ、本当か?」
「嘘なんかじゃありません」
「ウチの編集会議で、俺はその肉声を聞いた」
瀬戸口副総裁のスキャンダルを追うと決め、週刊新時代では記者とカメラマンの精鋭が集められた。会議の席上、編集長が音声データを開示したという。そのときの文言が、池内が漏らした言葉と完全に一致したのだ。
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