前回までのあらすじ

 月刊誌記者の池内貴弘は前例のない低金利が続く日本の金融を取材する中で、金融コンサルタントの古賀遼に出会う。日銀の副総裁が不倫報道で辞任する。ヘルマン・アセットマネジメントの大林繁は古賀に、副総裁の一件がきっかけで、市場にうねりが近づいていると告げる。

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 「池内さん、今回の雪村会見には出席されたんですよね?」

 「ええ、それがなにか?」

 「会見の要旨をあとでチェックしたのですが、ソダーバーグ通信の記者が面白い質問をしていましたね」

 「あの女性記者ですね……」

 〈日銀ではダイバーシティについてどのようなお考えをお持ちでしょうか?〉

 会見場の後方から、池内は地味なグレーのスーツの後ろ姿を見た。予想外というより、全く考えが及ばない領域の質問で、雪村副総裁も苦慮していた。

 執務机の上で南雲が勢いよくキーボードを叩く音が響いたあと、パソコン脇のプリンターが動き始めた。どんなニュースが入ったというのか。

 「お待たせしました。ソダーバーグ通信記者が重要なインタビューを配信しました」

 デスクから応接セットに戻った南雲がプリントしたばかりの紙を池内に差し出した。

 「ヘルマン証券本社のチーフエコノミストへのインタビューです」

 経済担当を命じられて以降、日本実業新聞や経済専門誌の類いを読み漁った。その中で、世界中の金融商品の動向や各国政府や中央銀行、各種景気見通しなどで頻繁に名が出てくる老舗の米系証券会社だ。

 〈日銀に巨大リスクが浮上〉

 主見出しが目に入った。巨大リスク……付け焼き刃の知識では、リスクとは為替の変動や株式の変動率の高さなどが該当すると思ってきたが、日本の中央銀行そのものに〈リスク〉の文字が付いている。

 〈副総裁辞任が招く日本全体への信認低下の恐れ〉

 見出しの横に、気難しそうな白人男性の顔写真がある。ヘルマン証券のチーフエコノミストで、前職は世界銀行のエコノミストだったとある。