あれこれ考えを巡らせていると、小松が口を開いた。

 「この一件を覚えていますか?」

 スクラップブックを開き、小松が池内の前に置いた。

 〈三田電機、不正会計の詳細を発表 7年間で総額1500億円〉

 日本実業新聞の1面記事が目の前にある。

 「もちろん、覚えています」

 日本を代表する総合電機メーカーに関する記事だ。電球から原子力発電所まで三田電機はありとあらゆる電化製品を作り、世界中に届けてきた企業だ。

 しかし5年前、財界トップを何人も輩出した名門企業はスキャンダルにまみれた。半導体や電機製品など主要部門ごとに売上と利益を操作し、巨額の損失を隠していたのだ。由緒正しい企業の悪事に日本中が驚嘆し、マスコミの取材合戦が過熱した。

 三田電機は半導体部門など稼ぎ頭を次々と売却してなんとか隠れ損失をカバーし、目下再建に向けてフル稼働している。

 「これはどうですか?」

 ページをめくり、小松が言った。

 〈ゼウス光学、社長ら経営陣が総辞職 海外子会社の不透明取引で引責〉

 池内は大和新聞の記事に目をやった。日付は10年近く前で、社長以下幹部が会見で頭を下げている写真とともに大見出しがついている。

 ゼウス光学はカメラのほか、顕微鏡や医療用内視鏡で世界シェアが高い一流企業だ。池内が大学生の頃に起きたスキャンダルで、海外から請われて社長職についた英国人が不正に気づき、内部告発した一件だったはず。しかし、詳細は覚えていない。

 「三田電機、ゼウス光学という一流企業に共通するのは、決算をごまかし、粉飾に手を染めたという点です」

 小松が淡々と告げた。

 「粉飾ですか」

 「両社に共通するのは、損失を海外に飛ばすという行為があったことです」

 「それで表紙に飛ばしと書かれたのですね」

 池内が言うと、小松が頷いた。依然として編集長の表情は硬い。なぜ会議室に一対一(サシ)で呼ばれたのか、まだ理由がわからない。

 「三田電機が弾けたとき、私は新時代のデスクでした」

 スクラップの脇にある手帳をめくり、小松が言った。

 「新時代の看板にかけ、負けられない勝負でした。そこで、ある記者が深く事件の奥にまで入り込みました」

 小松は坂口という記者の名を口にした。言論構想社の社員ではなく、1年契約の外部ライターで、経済事件や政界に強いと評判の傭兵記者だ。2年前に契約切れとともに言論構想社を離れ、現在はフリーのノンフィクションライターとして活躍している。