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前回までのあらすじ

金融政策に影響を与えかねない日銀のスキャンダルが週刊新時代に載ると知った金融コンサルタントの古賀遼は、財務大臣の磯田一郎に知らせる。月刊誌記者の池内貴弘は、地方銀行を巡る金融危機を記事化する準備を始める。取材データを見た編集長の小松勝男は「古賀遼」の名前に驚く。

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 「作業を中断させてしまって申し訳ない」

 会議室の対面の席で、編集長の小松が切り出した。

 「いえ、急ぎの記事ではありませんから」

 池内が答えると、小松がゆっくり頷いた。小松の前には煤けたスクラップブックと手帳がある。教師に隠し事のアルバイトを見透かされた高校生のようなバツの悪い雰囲気が漂う。

 編集部でルポの企画を練っていたところ、突然小松に会議室に来るよう促された。忙しなく働く他の部員たちも驚き、小松と池内を交互に見比べるほどだった。日頃は部内で大方の用事を済ます小松だけに、真意がわからない。

 実際、普段はたおやかな笑みを絶やさぬ小松の表情が強張っている。こんな顔を見るのは初めてだ。週刊誌記者、デスク時代と数々の修羅場をくぐってきた歴戦の強者の顔と言い換えることもできる。

 会議室に入って一言発して以降、小松は喋らない。そして机に置いたスクラップブックのページをゆっくりとめくり始めた。

 池内はページを見た。馴染みのあるフォントが目に飛び込む。週刊新時代、そして言論構想の記事の切り抜きだ。このほか、大和新聞や中央新報など大手紙、通信社の配信記事もきれいに切り抜かれていた。

 「こんなファイルを持ってきました」

 池内の視線に気づいたのか、小松がスクラップブックの表紙を向けた。

 〈飛ばし/隠蔽案件〉

 飛ばし……マスコミ業界では忌み嫌われる言葉だ。乏しい根拠をもとに記事を書き、騒ぎを大きくすることで、訴訟の対象になることもある。もとより、飛ばし記事を書けば、記者の信頼は低下し、掲載したメディアは読者から強い批判を浴びることになる。

 だが、飛ばしの下には、隠蔽の文字がある。誤報に蓋をしたという意味なのか。先ほど目にした多くの記事がそれに当たるのか。いや、そうであれば分厚いファイルいっぱいになるようなことはない。

日経ビジネス2020年3月30日号 110~113ページより目次