前回までのあらすじ

 かつての女友達で故郷・仙台の銀行に勤めていた千葉朱美の自殺の背景を調べる月刊誌記者の池内貴弘のもとに、いなほ銀行の黒崎智から電話が入る。黒崎は、池内の仙台の友人で酒問屋を営む勝木真一が融資を頼みに来たと告げる。勝木は地元銀行から借り入れ返済を迫られていた。

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(9)

 帰宅を急ぐ勤め人や学生たちで混み合う中央線の車両で黒崎と別れ、池内は吉祥寺駅の北口から私立学園近くにある叔母の家へと駆けた。

 アーケード街から叔母に電話を入れたが、勝木が現れた様子はなかった。もちろん、仙台の親友は依然として電話に出ない。

 年末が近づき、商店街は買い物客や若いカップルでごった返している。人波を縫い、池内は先を急いだ。

 5年ほど前、勝木を連れて叔母の家に行った。懐かしい仙台訛りが聞けると叔母はたいそう喜び、すき焼きを振る舞ってくれた。20代後半で身を固めた勝木は、妻と母親の折り合いが悪く、実家の居心地が悪いと愚痴を漏らした。世話好きな叔母はお節介な助言を繰り返した。

 〈あなたが悪者になれば、母親と嫁は共同戦線を張る。これが一番の近道〉

 なんども頷いた勝木は、以降なんども叔母と連絡を取り、ときに盆暮れの贈答品を送っていた。実家に寄り付かなくなった息子2人の代わりに、勝木は池内とともに可愛がられた。池内に連絡がないとすれば、向かう先は叔母のところが最有力だ。

 池内はさらに足を速める。雑踏の中、商店の賑やかな呼び込みや笑みを交わす高校生の甲高い声が周囲に響きわたるが、池内の耳には別の音が聞こえた。

 〈融資先の建設会社の社長が首を吊った。事務用品販売の専務は中央線に飛び込んだ〉

 仙台の親友は無事なのか。長い付き合いのメーンバンクに回収を伝えられたのであれば、これまで取引のないメガバンクに駆け込んでも資金を得ることなど無理だ。金融の素人である池内でも想像できる。それでも勝木は上京した。その背後には、亡くなった千葉の存在も複雑に絡んでいた。胸の中で悪い想像ばかりが膨らんでいく。

 アーケード街を抜け、五日市街道をダッシュで渡る。叔母の家まではあとわずかだ。池内は人通りが極端に少なくなった住宅街の道を走り、白壁の一軒家の呼び鈴を鳴らした。

 「彼に会えたの?」

 直後にドアが開き、心配顔の叔母が言った。池内は首を振り、三和土で靴を脱ぎ、リビングダイニングへと向かった。

 「お水なら冷蔵庫にミネラルウォーターがあるわ」

 叔母の声を聞き、冷蔵庫の扉を開ける。

 「いきなりだからびっくりしちゃった。なにかあったの?」

 ボトルの水を一気に半分ほど飲み、池内は口元を手の甲で拭う。

 「家業がヤバいらしい」

 池内が勝木の実家の屋号を告げると、叔母が顔をしかめた。ボトルをテーブルに置き、池内は木製の椅子に腰掛けた。極端な運動不足のせいか、息の乱れが治らない。叔母は対面に座り、池内を見つめている。

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