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前回までのあらすじ

 月刊誌記者の池内貴弘は、女友達の自殺をきっかけに、日本の金融の深刻な実態を知る。さらに池内は金融コンサルタントの古賀遼に会い「中小企業金融円滑化法」というヒントを受け取る。見込みのない中小企業を生き永らえさせるこの法律は、一方で体力のない銀行を末期状態に追い込んでいた。

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「それでは4億円、たしかに」

 古賀の目の前にいる男が、恭しく頭を下げた。男の手元には艶のある革製のバインダーがあり、中には古賀がサインしたばかりの書類が挟まっている。

「長年のお付き合いです」

 古賀の言葉にヘルマン証券東京支店の副支店長の三好智彦(みよしともひこ)が笑みを浮かべた。

 六本木センタータワーの51階、モダンなイタリアンデザインの応接室で古賀は三好と向きあった。三好の高級スーツの肩越しに新宿副都心のビル群が見渡せるほか、窓辺に立てば都心の主だった場所は全て見下ろせるフロアだ。

 三好とは半年ぶりの再会だ。応接室に有名和食店の松花堂弁当を特別ランチとして取り寄せ、食後はヘルマン証券が契約する著名なバリスタがほろ苦い専用ブレンドを出してくれた。分不相応だとなんども断ってきたが、三好は毎回趣向を凝らしたランチと午後の安らぎの時間を提供してくれる。

 直近2、3年で古賀のコンサルティング業務は6億円の収益を計上した。バブル経済崩壊直後の25年ほど前、準大手証券の法人営業担当を辞した直後は、もっと売上高があり、コールプランニングに入ってくるフィーも多かった。

 だが、掃除へのモチベーションが低下するとともに、業務を縮小した。その結果、芦原首相やその周辺の財界人から持ち込まれる断れない仕事だけをこなしてきた。

 それでも粉飾決算が露呈した大企業絡みの掃除の類いは手間賃が高く、知らず知らずのうちに会社の口座に金が貯まる。伝統工芸の担い手向けのNPOに多額の寄付をしても、4億円も残ってしまった。

「いつものように手堅い運用を心がけます。運用益についてはご指定のNPOへ」

「よろしくお願いします」

 コールプランニングに入った収益は税理士によって適切に処理され、納税も済ませている。だが、古賀一人では使い切れない額が残る。そこで5年ほど前からヘルマン証券系列のプライベートバンクに金を預け始めた。

日経ビジネス2020年2月24日号 76~79ページより目次