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前回までのあらすじ

  月刊誌記者の池内貴弘は女友達の自殺の理由を取材し、地方銀行の苦境、日本の金融が陥ったモラルハザードの実態に気づく。池内は上司である編集長から、取材を続けるよう指示を受ける。池内は金融コンサルタント、古賀遼に会う。古賀は池内に「中小企業金融円滑化法を知っているか」と問う。

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(3)

「それでは、昼過ぎにお邪魔いたします」

 電話を切ったあと、古賀はホルダーに入れた名刺に目をやった。

〈(株)言論構想社 月刊言論構想編集部 記者 池内貴弘〉

 つい数分前まで、安物の応接セットに池内という記者が座っていた。不思議と初対面という感じはしなかった。

 30年以上前、準大手証券の場立ち要員として東京証券取引所に詰めた。東証の中2階の立ち食い食堂で接する新聞や通信社の記者たちは皆忙しなく、取引を統括する大手や準大手の株式部長など売買手口を知り尽くす役職者にへつらうばかりで、場立ち要員を露骨に見下していた。法人営業部に異動し、古賀が独立したあとも何人かの記者と証券業界のパーティーや新商品説明会で会った。零細コンサルタントだと知ると、露骨に上から目線になる記者が大半だった。

 金融界の掃除屋として数多の企業の謝罪会見を背後から支援したときも、舌鋒鋭い記者たちに接した。国民の代理、知る権利……記者たちは一様に能書きを垂れるが、ほぼ全員がエゴの塊だった。

 証券会社のディーラーが1秒でも早くネタを仕入れて目的の銘柄を安く押さえる……偉そうなお題目を並べても、結局は我先に優位に立つというエゴが顔立ちに表れる。

 先ほど会った池内という記者は違った。特有のアク、押し出しの強さは皆無で、腰の低い若者だった。新米だと明かした通り、経済に対する知識が豊富には見えなかったが、愚直に尋ねてくる姿勢には好感が持てた。

 再度応接セットに目をやると、突然30年以上前の光景が蘇った。吉祥寺の商店街の端にある喫茶店のボックス席と擦り切れた事務所のソファのシルエットがぼんやりと重なった。

 場立ちを卒業し、吉祥寺支店で新人のセールスマンになった。インターネット取引などない時代に、住宅街を一軒一軒訪ね歩き、株式投資を勧めた。苛烈なノルマ社会の中、一向に手数料収入が上がらず項垂れているとき、強面の支店次長に声をかけられた。

 頭を使えば、ノルマなど軽くクリアできる。欲に目が眩んだ博打好きな客は、表札に賭け事が好きだとステッカーを貼っている、その他大勢のバカになりたくなければ、頭をフル稼働させろ……喫茶店で発破をかけられた。

 古賀は強く首を振った。だが、目の前の景色は吉祥寺の喫茶店のままだ。30年前の店とは違い、項垂れているのは池内で、古賀自身はかつての次長のようにソファにふんぞり返っている。

日経ビジネス2020年2月17日号 68~71ページより目次