前回までのあらすじ

 月刊誌記者の池内貴弘は、低金利の中、経営の苦しい銀行がモラルハザードと呼べる状況に陥り、高リスクの金融商品を販売する実態を知る。池内に金融の問題をレクチャーした河田雄二は、日銀が政府の意向で国債の4割を買い、国の借金の肩代わりをする現状を「ノーイグジット(出口なし)」と言った。

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〔第3章・瓦解〕

(1)

 自宅マンションのある江戸川橋駅から東京メトロ有楽町線に乗り、古賀は市ケ谷駅で都営地下鉄新宿線に乗り換えた。電車が市ケ谷を発った直後、背広の中でスマホが振動した。

 〈昨晩は遅くまでお付き合いいただき、ありがとうございました。今後ともご指導のほどよろしくお願いします〉

 金融庁復帰が決まった江沢からSMSでメッセージが入った。

 〈ご健闘を祈念いたします。いつでもお声がけください〉

 短く返信すると、サムアップのイラストスタンプが着信した。穏やかな笑みを見せた江沢の顔が浮かぶ。古巣に復帰する優秀な官僚は、世界的な金融緩和が産んだ様々な徒花(あだばな)、そして緩み切ったモラルの持ち主たちと待ったなしで対峙することになる。

 神保町駅で電車を降り、古賀は足早に駅の階段を駆け上がり、古びた事務所へと向かう。

 老舗映画館の脇を通り抜け、古本屋街の一本奥の路地へと進む。宅配便のミニバンや食料品輸送の軽トラックが数台走っているほかは、人通りが少ない。中古レコード屋やエスニック料理店が入居するビルの裏側、煤けた煉瓦壁の建物の3階にコールプランニングがある。1階の郵便受けでチラシや郵便物を取り出し、急ぎ階段を上る。

 踊り場から最後の数段を上り切ったとき、事務所のドアノブに小さな紙切れが貼り付けてあるのが見えた。宅配便の不在通知にしては小さく、色も地味だ。古賀はドア前に進み出て、紙を取り上げた。飾り気のないフォントで細かい字が印刷された名刺だ。セロハンテープを慎重に剥がし、手に取る。

 〈(株)言論構想社 月刊言論構想編集部 記者 池内貴弘〉

 目を細めて文字を追うが、名前に心当たりはない。裏返すと手書きの文字があった。

 〈アポなしの訪問、失礼いたします。地方銀行の経営環境についてお話をうかがいたく。また連絡いたします〉

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