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前回までのあらすじ

 月刊誌記者の池内貴弘は、ベテランジャーナリストの河田雄二からレクチャーを受け、異常な低金利の中、地方銀行がリスクの高い金融商品に手を出している実情を知る。金融コンサルタントの古賀遼は、金融庁監督局の官僚の江沢丈に、日本が世界金融混乱の導火線になる可能性があると告げた。

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(15)

 「ここだ」

 地下1階の壁の前で、河田が告げた。

 「なにがあるんですか?」

 薄暗い地下スペースで池内は目を凝らし、周囲を見回した。看板も電飾もない場所で、河田は壁に設置されたステンレスの蓋を開けた。

 スマホの液晶の灯りを頼りに目を凝らすと、蓋の内側に電卓ほどのキーボードがある。手慣れた様子で河田が5回ほど別々のキーを押すと、機械音が周囲に響いた。河田は蓋を閉めたあと、壁の奥にある小さなドアノブを回した。

 「行くぞ」

 河田がドアを開けると、紫色の薄明かりが内部から漏れてきた。足早に進む河田の背を追い、池内は後に続いた。10分ほど前に恵比寿の居酒屋をタクシーで発ち、中目黒駅前で降りた。駅から祐天寺の住宅街の方向に5分ほど進んだところに、坂の起伏を利用したマンションがあった。地下に続く階段は、高級車を収納する車庫のように見えた。

 紫の照明のスペースを抜けると、照度が上がった。目の前に一枚板の長いカウンターが見える。黒革のスツールが20脚ほど並び、カウンターの向こう側には大量のウイスキーやブランデー、シャンパンが整然と並ぶ。カウンターの左隅に2組のカップルが並んで座っている。

 「いらっしゃいませ」

 ロングの黒髪、ニットが体に張り付いた女性が河田に笑みを見せた。モデルのように背は高いが、体付きは全く違う。ざっくりと開いた胸元、張りのある腰回りで、ラテン系ダンサーを思わせる肉感的な女性だ。年齢は20代後半か30代前半といったところか。

 「ママ、邪魔するよ」

 「なんですか、この店?」

 「見ての通り、ありふれたバーだ」

 「看板もないし、入り口のセキュリティは厳重です。普通の店とは……」

日経ビジネス2020年1月27日号 66~69ページより目次