アジャイル開発手法の新潮流、ジェフ・サザーランド氏が提唱したスクラム理論が誕生した背景には、野中郁次郎教授のアイデアがあった。その簡単な活用法を探る。

野中郁次郎[Ikujiro Nonaka]
一橋大学名誉教授
1935年東京都生まれ。早稲田大学政治経済学部を卒業。富士電機製造(現富士電機)を経て、67年に米カリフォルニア大学バークレー校経営大学院に進学、72年博士課程修了。82年に一橋大学産業経営研究施設教授。「ナレッジマネジメント」「SECIモデル」といった理論を広めた。富士通や三井物産の社外取締役を歴任。2017年にはカリフォルニア大学バークレー校最高賞の生涯功労賞を授与された。(写真=吉成 大輔)

 より短期間で高い成果を上げるシステム開発の手法として世界中の企業に広まり、昨今は組織改革などあらゆる取り組みに応用されている「スクラム」。バングラデシュのムハマド・ユヌス博士らが構築したマイクロファイナンス(貧困者向け小口融資)の「グループ融資・ビジネスを立ち上げながらの短期サイクル返済」といった仕組みをヒントに、米国のジェフ・サザーランド氏が確立した。スクラムも、元をたどれば野中理論に行きつく。サザーランド氏は、野中郁次郎教授と竹内弘高教授の論文「The New New Product Development Game」と出合い、着想を得た。いわば、日本生まれ、米国育ちのソフトウエア開発手法だ。一般的な開発手法との違いを野中教授はこう表現する。

 「新製品開発という速さと柔軟さが求められる場面では、成果物を紙に書き、それを壁越しの別のチームに渡すようなリレーではだめだ。様々な専門性を持った人が、ラグビーのように、チーム内でボールを回しながら、一丸となって仕事を進める」

 従来型の開発手法の一例として野中教授が挙げる「リレー」とは、ウオーターフォールモデルとも呼ばれるやり方だ。滝の水が上から下へ落ちるように「企画」「設計」「実装」「テスト」と順々に開発を進めていく。その弱点はまさに「速さと柔軟さ」に欠けること。1つの工程が終わらないと次の工程に進めないし、例えば「テスト」段階で不備が発覚し手戻り作業が発生すると計画が大きく遅延する。

 スクラムでは、工程を1週間から1カ月の短いスプリント(期間)に分けてゴール設定し、チーム全員で情報を共有しながら、機能横断的に、メンバーが主体的に動く。適宜、顧客からフィードバックをもらい、全員で機動的にプロジェクトを「進化」させる。だからスクラムではこうした遅延リスクが減る。例えばテスト担当者は、システムの完成を待たずにできた部分からチェックでき、企画担当者は実装担当者らと情報を共有しながら、「実装できるであろうシステム」を最初から模索することが可能になる。

被災地の犬・猫を救う富士通

 10年以上前から、スピードを要求されるアプリ開発などでは「スクラム」が基本。例えば、富士通ソフトウェアテクノロジーズ。2011年、東日本大震災で被災し保護された犬や猫を飼い主と探すための「被災動物救護支援サービス」を震災発生から2カ月足らずで開発したが、これを可能にしたのがスクラムだ。開発陣は、震災で離ればなれになった飼い主とペットを一刻も早く再会させようと、「とにかく早く」という思いを最優先した。

 「イノベーションは『思いの実現』だ。個人がそれを自ら任じて世界に投げかけ、周囲を巻き込みながら、実現するまでやり抜く。そういう知識創造の場を作る方法が、スクラムである」

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