「偽物のDXはいらない。日本のまねする欧米諸国。我々は本質に立ち戻ろう」

 世の中ではかつてない勢いでDX(デジタルトランスフォーメーション)が推進されている。ただ、これで全てを解決できるかというとそうではない。例えば、現物をしっかり見たり、最後にフェース・トゥ・フェースで確認したりするという点ではまだ物足りない。東レもオンラインの展示会をいくつか実施しているが、繊維の手触りはなかなか言葉で伝えきれない。リモートで色々なことができるようになってきた一方で、「現場を見ないとできない」ことも、より明確になってきた。

 展示会の例は分かりやすいが、DXの中で勘違いされがちなのがAI(人工知能)だ。そもそもAIはある種の統計処理のようなもので、定性的な方向を確認しているだけ。原理原則を理解しないと、本当の意味で活用して、ものにすることはできない。

 私がアメリカ工場の立ち上げを指揮した1990年代当時、現地の社員らは既にコンピューターを使ったシミュレーションを好んでやっていた。ある時社内から、「工場のエネルギーマネジメントについて計算した結果、コージェネレーションシステムはやめた方がいい」という声が上がった。ずっと現場を見てきた私には、にわかにその指摘が信じられず、計算の基になったデータをもう一度見直させた。1週間ほどたった頃だろうか、「やはり日覺さんの言われるようなシステムの方がいいですね」という答えが返ってきた。

 今は当時と比べものにならないほど膨大なデータを収集でき、その計算速度も上がった。ただ、データの取り方一つで結論は変わる。導かれる答えが的を射ているかどうかは、上辺の計算だけでなく、データの原理原則を知らなければ判断することができない。現場を知り、基礎を深く理解しなければ、どんなに便利な物でも使いこなすことはできないのだ。