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「激変必至のコロナ後、『変革を競う』という覚悟と哲学はあるか」

 思いのほか快適──。コロナ禍で余儀なくされた、2カ月余りの在宅勤務への感想だ。オンライン会議では時に激論を交わし、時にイヤホンだけつなぎ、隙を見て金魚に餌をあげたり草木の世話をしたり。時間の使い方次第で、仕事と「心の洗濯」まで両立できる。

 反省点もある。仕事と会社。本質的には別物なのに、会社に行くだけで、仕事と錯覚していた自分がいなかったか。ほぼ毎晩の会合や週末のゴルフを含め、アナログな作業を土台にした「濃密さ」「濃厚さ」が、疑いなく良いことだと思っていなかったか。仕事の質や人間関係の尺度に、対面神話やアナログ神話を無意識に用いてきた部分は、素直に認めざるを得ない。

 かねて私は、敗北の現実に目を背け、ぬるま湯につかって危機意識に乏しい人たちを「ゆでガエル」と呼んできた。カエルを湯から跳び上がらせる天敵・ヘビの存在が必要で、それらは冷徹に資本効率を要求するアクティビストか、あるいは旧弊にとらわれず果敢に新たなことにチャレンジする若者の存在のどちらか、だと思ってきた。