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「消費者に最も近い小売業の、社会的な地位の向上を願う」

 小売業の社会的な地位を高めたい。そう心から思った瞬間があった。1954年、イオングループの前身である岡田屋の社長だった当時のことだ。岡田屋の本社があった四日市市の商工会議所では55人の全議員のうち、小売業の出身者は私を含めて2人しかいなかった。

 商工会議所という名称なのに、「商」の存在感があまりに小さい。不公平だと思った私は「小売業から10人を議員にしよう」と呼び掛けて、選挙に臨もうとした。そこで、商工会議所のメンバーだった地元の小売り関係者に声をかけ、10人を当選させられるだけの委任状を集めた。

 満を持して議員の改選について会議で提案したところ、古参議員はこう言い放った。「小売業なんて、雑魚(ざこ)じゃないか。一体、誰が議員になるのか」。公然と侮辱され、悔しさが胸に込み上げた。

 議員定数がある以上、商業以外の各部会は、所属する議員の数を減らさなければならない。このため会議は大もめにもめた。その時にとりなしてくれたのが、当時の商工会議所会頭で、東洋紡績の会長も務めた伊藤伝七氏だった。伊藤氏は、それぞれの部会長に、「1人ずつ減らしてくれ」と頼んでくれた。